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Vol.65■帰宅困難者問題を考える(2)
大きな災害が発生して鉄道や道路など交通機能が停止。そのとき、歩いてでも帰宅するかどうか、その判断は慎重におこないたい。
■ 訓練に多数の参加者
 

大災害が発生した際に都心の鉄道や道路など交通機能が停止し、帰宅の手段が奪われた人たちを帰宅困難者と呼んでいることは前回触れた。内閣府の推計(※1)では正午に東京湾でマグニチュード7.3の地震が発生した場合、首都圏だけで約650万人の帰宅困難者が発生、鉄道の橋梁や高架橋の落下などの被害は約330ヶ所発生する。


帰宅途中で道路が陥没している可能性もある

急いで帰宅しようとしても、鉄道は運転を見合わせていたり、道路も規制中であったりするため徒歩しか手段はない。新宿区のボランティア団体「東京災害ボランティアネットワーク」が8月下旬に主催した帰宅困難者訓練には過去最多の約750人が参加。暑い日差しの中を東京・池袋駅西口から埼玉県庁までの約18キロを大多数の参加者は5時間近くをかけて歩いた。道々には「エイドステーション」が設置され、参加者に給水や道路情報などが提供された。こうした帰宅困難者を想定した取り組みはボランティア団体だけでなく、行政が行う防災訓練の一部にも取り入れられるようになっており、社会全体の意識が高まりつつあるといえそうだ。


災害時の道路混雑が救援を遅らせてしまうかもしれない

実際の地震が発生した際に「エイドステーション」に当たる役割を果たすのがコンビニエンスストアやガソリンスタンドなどだ。8月に東京都や埼玉県、千葉県など首都圏の8都県市がローソン、セブン−イレブン・ジャパン、ファミリーマートなどと結んだ協定(※2)では、大災害時に水道水やトイレなどを帰宅困難者に提供したり、通行可能な道を案内するほか、避難場所の情報提供などを行うとしている。

 
■ リスク伴う徒歩帰宅
  しかし、こうした善意の支援や徒歩帰宅訓練を行ったとしても、徒歩での帰宅はそれなりのリスクが伴う上、救援上の障害をもたらす可能性をはらむ。新宿区の統計(※3)では、JR新宿駅の1日あたりの乗車数は約74万人で、私鉄も含めれば1駅だけで膨大な数の人が路上を歩き出す可能性がある。帰宅困難者はこの十倍近い約650万人で、その人たちが歩き出したら道路を思うように進めないどころか将棋倒しの危険もあるのだ。3月の福岡県西方沖地震ではビルの窓ガラスが路上に飛び散ったが、大地震が都心部で起これば、繁華街の路上は危険地帯と化すかもしれない。通常は歩けるところもブロック塀などの倒壊や屋外落下物のため、塀が倒れていたり、電柱が倒れそうだったり、切れた電線が垂れていたり、道路は通行止めになっていたり、停電で辺りは真っ暗かも知れない。通常と全く違う様相の中を歩くことは危険な上に体力的にも負担になろう。より問題なのは、滞留している人たちが歩行することが救援の妨げになるということだ。救急車や消防車も雑踏に立ち往生し救援活動に支障を来たし、助かる命も助からなくなってしまう。
 
■ 貴重な労働力という視点
  視点を変えてみよう。これまではいかにして帰宅するかという方法論に注目が集まっていた。しかし、東京都庁の専門家は「地震が発生したときは、ひとまずその場にとどまることが原則」と話すように、「とどまる」という選択肢もあるのではないか。救援や復旧は専門家だけが行うものではない。食糧・生産・燃料が滞れば最前線にいる救援が停止しかねない。通常通りの社会のサイクルが循環するからこそより迅速な救援・復旧が可能となる。だからこそ、交通などライフラインがストップしている社会的混乱の中で帰宅しようとして、自ら帰宅「困難」者となり、そうした人々が650万人も出現することが果たして良いのか疑問が残る。

また、被災によって中小企業の資金繰りが悪化するようなことが相次げば、地域経済にとどまらず日本経済全体に影響が出かねない。製造業であれば被災地の工場のラインが停止し、商品供給に支障が出る。運送会社のドライバーが被災し出勤できないとすると、発注した企業に期日に届くはずだった製品が届かない。いずれの例にしても、ビジネスのサイクルを止めてしまうことになり、一企業の問題で済まず社会全体に広がってしまう。

 
■ 帰るべきなのは誰か
  以上のようなことから、徒歩帰宅はマイナス要因もはらんでいることが分かる。これまでは帰宅困難に陥らないような対策が当然とされてきた。しかし、これで対策は万全といえるだろうか、また、全員が帰宅すべきなのか。そうではなさそうだ。真に帰るべき人、帰らずにその場で事業継続にあたったり、その地域の救援・復旧活動に貢献する人などと振り分ける発想が必要になっている。

では真に帰宅すべき人はどのような人か。地震による犠牲者の家族や重傷者、家族の安否がまったく分からない人などだろう。一方、残るべき人は家族と連絡も取れ、自宅も被災せずに済んだような人だ。

家庭では大災害時には帰宅が出来ないという覚悟を持つ必要があることや家族にそのことを伝えておくのが必須だ。大災害のため家族がばらばらになってしまった時の再会場所を決めておくことも大事だ。また、自宅の耐震補強を行ったり、体の不自由な家族がいれば、そのケアを誰がどのようにするかなどの話し合いも必要だ。

企業においては家族と連絡も取れ、負傷もせずに自宅も被災せずに済んだような人に残ってもらい、社内で事業継続を担ってもらうことができる。さらには地域の救援活動の担い手となるという方法もあるだろう。その企業に広大な敷地があれば、避難所や宿泊施設として提供したり、備蓄品の一部を提供するなども大きな貢献となる。災害時は消防や警察、行政だけでは人手が足りないだけに、共助の持つ意味は大きい。企業側もそうした社員に対し食料や宿泊に備えた毛布などを用意しておいてはどうだろう。こうした整備にかかる費用は事業が継続できずに発生するマイナスのコストに比べればはるかに小額と思われる。

一方、帰宅すべき人の中でも自力で難を逃れるのが困難な家族がいる人に対しては会社側から支援の人間を派遣するなどしてもいいだろう。こうした帰宅すべき人の数は前述の内閣府試算をもとにすれば、死者、負傷者、重傷者を足しても約25万人で、東京都の人口約1200万人に比べれば2%程度だ。

このように、帰るべき人ととどまる人を峻別できれば、社会全体が円滑に機能するため災害から早急な復旧が可能となろう。文部科学省の調査(※4)によると、「一斉に帰宅を開始した場合、混雑が発生し15時間後以降も多くの人が帰宅できないが、地震発生から3時間後まで分散して帰宅する場合、混雑率が低下し、5時間後の段階で帰宅できる人は67%」という。こうしたことからも、今帰宅しようとすることが方策としていいのかどうか見極めたうえでの行動も重要になってくるように思われる。

 

関連リンク
内閣府 平成17年版防災白書の概要
八都県市防災・危機管理対策委員会
ミニストップ株式会社のリリース
新宿駅の1日平均の乗降者数
文部科学省 大都市大災害軽減化プロジェクト 平成15年度成果報告書「帰宅困難者の行動とその対策に関する調査研究」
 
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