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02/08/28 (水) 15:19 更新
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vol.44■高知県西南豪雨災害から1年 〜地域で命を救う〜
  「ゴーゴー」とうなりをあげて流れる濁流。橋を次々と破壊していくおびただしい量の木々。高知県西南部は2001年9月6日、かつてない大雨に見舞われ、海と山間の街は濁流の中へと呑み込まれました。
あの災害から一年、被災地は今でも災害の傷痕が残り、目に映り経験したことは人々の記憶の中に鮮明に蘇ります。
しかし、かつてない記録的な豪雨にもかかわらず、幸いにも犠牲者が出なかったことが、被災地に一条の光をもたらしました。そこには人々個々の強さと的確な判断、地域全体の人々のつながりがありました。
今回は高知県西南豪雨災害から地域の自主防災について考えます。
高知県西南豪雨災害の記録
 
【気象の記録】
大月町弘見 総雨量 577ミリ
  1時間の最大雨量 110ミリ
三原村三原 総雨量 499ミリ
  1時間の最大雨量 85ミリ
(高知県の観測による)
濁流にのみこまれた土佐清水市
(濁流にのみこまれた土佐清水市 高知県警撮影)
【被害の記録】
被害の記録
(高知県消防防災課調べ)
災害経過 (2001年9月6日午前中までの主なもの)
 
未明 高知県西南部に活発な雨雲が発生し
各地が豪雨に見舞われる
3:00 大月町、宿毛市 災害対策本部設置
5:00 土佐清水市 災害対策本部設置
5:15 大月町全世帯に避難勧告
6:00 三原村 災害対策本部設置
6:10 土佐清水市避難勧告
6:40 宿毛市 伊予野地区に避難勧告
7:30 土佐清水市は自衛隊に出動要請、
高知県災害対策本部設置
8:00 自衛隊先遣隊出動
11:00 土佐清水市 災害救助法適用
(右写真は9月6日明け方の土佐清水市下川口地区
写真提供:土佐清水市)
9月6日明け方の土佐清水市下川口地区
9月6日明け方の土佐清水市下川口地区
  未明から降り続いた雨により、高知県西南部(土佐清水市、大月町、宿毛市、三原村)では、9月6日午前6時からに河川の溢水や、堤防決壊、道路冠水などにより、非常に切迫した状況にありました。
2001年9月6日 土佐清水市下川口地区
  当時の状況を土佐清水市下川口地区長 岡田さんに聞いています。

「消防が何か騒いでいるの聞いて、二階から外をみたら、もう一面の水浸しでした」
「それからの水の勢いはとにかく速く、何もする間もなく、とにかく逃げるしかなかったです」
「聞いていた大正9年の大洪水よりも水面は1m以上高く、まさかこれだけの水がと思うぐらいの水のでした」
「水位が上がってきて、逃げ遅れた人を助けようと、みんなで天井を破って助けたこともありました」
「県道沿いが濁流の道になって、車が何台も流れていくのを見て、非常に驚きました」

高知県西南部という雨が多い地域にもかかわらず、人々が今まで経験したことがない程の、正に未曾有の大災害でした。しかし、その中でも犠牲者が出なかったことが唯一の救いだったと岡田さんは振り返ります。
なぜ犠牲者が出なかったのか
  それほどまでの大災害でなぜ犠牲者が出なかったのでしょうか。岡田さんは最後にこのように締めくくりました。

「街と違って、普段から隣近所とのコミュニケーションがとれていて、お互いに気をつけて声をかけあうことができます」
「今年は南海地震の津波防災のモデル地区になっていて、話合いをしていたことがあります。その津波訓練をどのようにやるかどうか話をしていた矢先の災害でした」
「地元の消防団が前向きに動いてくれました。また、市の対策本部や自衛隊にも助けてもらいました」
「すぐにボランティアのベースキャンプを立ち上げてもらって、一万人をこすボランティアの人が泥んこになって助けてくれました。それが地域住民のなによりの支えでした。」
まとめると
 
普段から近所とのコミュニケーションがとれていた

津波防災の訓練の話をしていた矢先だった

消防団の機敏な活動と自衛隊や対策本部の支援
2001年9月6日 土佐清水市川口地区
(2001年9月6日 土佐清水市川口地区
写真提供:土佐清水市)
 
  地域で自主的な防災活動をする気風があったことと外部から迅速な支援があったことにより、結果的に犠牲者ゼロと人的被害が最小限にくい止められたのです。
自主的な防災活動
  この地域の自主的な防災活動の気風はアンケートの結果からも裏付けられています。
高知大学農学部 大年教授は国土交通省四国地方整備局とともに、地域住民に対し、アンケート調査を行いました。以下はその結果の一部です。
高知市ホームページ掲載資料による)
 
 
  対象:地域全体 1672世帯

1. 避難した割合
地域全体の30%の人が避難している。宗呂川付近では約半数が避難している。
ただし、避難しなかった人は、避難しようにもすでに浸水していて避難できなかった人や、避難することにより逆に危険になるのと判断した人もいる。

2. 隣近所の家族構成について
隣近所の家族構成を約95%の人が知っていると答えた。

3. 避難場所
災害発生時点で、避難場所を知っていた又は決めていた、と答えた人は約半数で、災害発生後に避難場所を決めた人は、発災時に避難した人の方が、避難しなかった人より多かった。

4. 災害時どのような事象で危険を感じたか
多くの人が、豪雨により危険を感じており、続いて、濁流、水が溢れた時等となっている。

5. 災害時過去の災害を意識したか
約40%の人が意識したと答えている。

6. 避難しなかった理由
・ 急な浸水で避難できなかった
・ 道路が冠水しており、避難できなかった
・ 避難することによりかえって危険になると判断した
・ 避難する必要が無かった

7. 避難したキッカケ
独自の判断以外に、消防団員、地区長、隣近所の呼びかけにより避難した人も多かった。
危険を感じて避難した人は、危険を感じた時間が早かった。
役場からの避難勧告はほとんどの人が避難した後に出ており、ほとんどが自主避難。

8. 避難をだれから呼びかけられたか
消防団員からのよびかけが多く、地区長、隣近所となっている。

9. 避難する際、家族以外からの援助があったか
避難した人の約40%はあったと答えた。

10.近所への情報伝達
避難した人の約30%、避難しなかった人でも約20%の人が、隣近所への呼びかけ、情報伝達をしている。

11.発災時の行動
家財道具を高い所に上げる、車を高いところに上げる。外の状況を確認、隣近所との連絡等は、大体の災害時にとられる行動であるが、外に出て隣近所の安否を確認する、避難の呼びかけをするといった行動も多かった
 
 
  以上のように過去の既往災害をもとにした独自の判断による自主避難や隣近所への呼びかけ・安否確認など個人・家族・地域での自主的な防災活動により、犠牲者を出すことなく、被害が最小限にくい止められたと言えます。
また、災害直後、一万人をこえるボランティアの人達による懸命の作業と市の対策本部の支援が被災した地元の人の復興への大きな支えになったことも忘れてはいけません。

雨は自然の営みとしての一つの現象です。それが社会インフラの許容量を越え、人間の想像をも超える時、災害となって私達に襲いかかってきます。その災害にどのように対応すればよいのか。個人としての自然災害に対する被害のイメージと判断、そして行動。いざとなれば地域で支えあう人々のつながりとボランティアの支え。私達はこれらを貴重な教訓として今後に生かしていく必要があります。
まもなく高知県西南豪雨災害から一年が経ちます。被災地は未だ災害の爪痕を残していますが、同時にそこには災害に負けなかった人々の強さと逞しさを感じざるを得ません。
 
 
(文責:レスキューナウ 寺本)
 
 
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