三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること
野田理恵
(のだりえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
39 大人だけの避難所
今回の避難先は、勤労福祉会館。略してキンプク。ボウリング場だ。
学校より、だいぶ近い。少し時間が稼げる。三宅島の全部が避難になってしまったので、今までの学校には伊ヶ谷や伊豆の人達が入るのだろう。
島に残った人達みんなが一斉に避難するっていうのは、初めての事ではないだろうか。
真っ昼間の幸せなバスタイム。しっかり熱いシャワー。至福の時間を過ごしながら、避難所へせかされる放送を聞く。早く上がらなきゃ、とは思うけれど、避難所も近いことだし、お昼だし、雨も降っていないし、と、理由をこね回す。
思う存分、好きなように好きなだけお風呂にはいるのも、この次は、いつになるかわからない。これで最後かもしれない。幾度も髪を洗い、何度も身体を洗う。
石鹸もシャンプーも使い切らんばかりに。
長湯をしすぎて、上がると返って汗をかく。クーラーを最強にして、冷風を浴びる。人間はどうしたら、汗をかかないで済むのだろう。どうしたら、体が汚れたり臭くなったりするのを止められるのだろう。
せっかく、電気が通ったというのに、風呂を優先してしまって、正午前の天気予報を見なかった。どのくらい天気が悪くなるのだろう。テレビをつけたときには、もう、天気に関することも噴火関係のことも、どのチャンネルでも、何も言わない。まあ、しょがないか。
風呂から上がったら、東京のお客さんから、立派な梨が届いていた。道が開通して30分もたっていない。恐るべし郵便局。
避難所へ行く準備は、すぐに終わった。鳥は箱ごと。鳥のために梨を3つ。自分達のために梨を2つ。炊きすぎたご飯は、レンジで温めて、ワカメご飯に。いいからかげん、ワンパターン。でも、これが一番美味しいから、しょうがない。一度出したポータブルテレビも積んだ。
猫達のいない避難は、こんなにもあっけない。自分達だけならば、もう、どうにでもなる。どうでもいい。
今度は車も1台。車が出るようにしてもらえて良かった。道までの、5mもないであろう位置に停めておいた避難カー。たったそれだけの距離、それなのに、車を動かすこと自体を絶望的にするほど、灰が降って、固まった。小さなユンボで、村道から、車の真後ろまでを、車の巾と同じ帯状に灰をかいてもらった。庭に敷き詰めた小石も、玄関前に敷いてあった泥落としも、そして、昨日、固まる前の灰の中に踏み込んだときに、灰に吸い取られていったサンダルも、出てきた。
村道を通りながら、避難というよりは、みんなに会いに行くような、ワクワクまではしないけれど、ホッとするような、うれしいよりの感覚。
でも、我が家の唯一の都道への道、村道ナダード線は、家の前で行き止まり。開発側には抜けられない。箱根の下り坂の道路で見る、ブレーキが壊れたときに乗り上げて車を停める土の山みたいなのができている。それがデットエンド。
都道にも至る所に灰の山ができていた。でも、正大ストアーを過ぎると、風景が一変。灰がないわけではないけれど、葉っぱの緑が、そことなく残っている。灰は降っているけれど、まだ、ちゃんと人の生活や動植物が、消えていない。我が家の周辺のように、全て塗りつぶされ、塗り固められた状態までになった場所は、ごく一部の範囲だったようだ。
勤福につくまでに、消防車がおいてある所に消防団の男衆が、勤福の手前の神着老人福祉館には役場関係の人か、それぞれ人が集まっていた。久しぶりに、人のいる世の中に帰ってきた気がする。
勤福の駐車場を探す。今ひとつ、今回の避難の理由がわからないままだけど、たぶん台風じゃない。ということは、多少、建物の入口から離れていても、はっきり言っちゃえば、トイレから距離があっても、日陰になる場所がいい。お盆の避難の時、車の出入り用に重宝した、板で作った軒を設置。
ガムテープで留めるので、しょっちゅう落ちてしまうのは、ご愛敬。これがあるのとないのとでは、雨の吹き込みがずいぶん違う。
勤福の裏には、これまで入ったことがなかった。こんな風になっていたのか。どういう訳か、半端に塀がある。その塀の前を、今回の避難カー設営所にした。お隣は、同じく車を避難カーにした友人。そのお隣にも、もう1台。駐車場の前には、植え込みがあったり、大きな木が影を落としていたりで、なんだかいい感じ。
とりあえず、駐車場を確保し、窓につけた急ごしらえの、バスタオルで作ったカーテンを引き、リアウインドウにはバラした段ボール箱を張り付ける。
めいっぱい冷房をオンにして、鳥のために、十分車内を冷やしたあと、お隣の避難カーに声をかけて、勤福の中に入る。地区ごとに部屋が割り当てられていて、自分達は、舞台がある細長い体育館のような場所だった。思ったよりも人が多かった。毛布を配られると、スペースにあまり余裕がないことがわかった。
とりあえず、顔なじみの輪の中に、混ぜてもらう。
「まったくなー、また避難だよ。」「今度はいつまでだろうねー。」
「だいたいさ、避難所ってぇのは、なんで昼なのに毛布配るんだろうな?」
誰かが、みんなが思ってるけど、言わなかったことの口火を切った。
「そうだよ、毛布配られると、寝なきゃいけない気がしちゃうよね。」
「東海汽船乗ったときと一緒で、配られると、敷いちゃうし、敷いちゃうと、寝転がっちゃう。」「元気なんだから、昼から寝るのって辛いよね。」「なんかさー、手間(手仕事のこと)持ってくればいいんだよ。」
「そうそう、みんなで内職。」「せっかくなんだから、みんなでできることがいいよね。」「ゲームとかは?」「麻雀は止めさせられたんだよ。前の避難の時。」
「あれはまずいよ。音もうるさいし。」「4人しかできないしねー。」
「じゃ、トランプとか?」「カメラとかあるから、あんまり体裁の悪いことしちゃ、まずいでしょ。」「避難すると、やらなきゃいけないこと思い出すんだよね。」
「やっぱ、じゃ、内職。みんなで花でも造るか。」「・・・・・・」
「はー。早く帰りたいよね。」
と、そこで、ひとりが、座っていた姿勢を崩して、ごろっと横になった。彼の奥さんが、「なによー、結局寝るんじゃないの。」と、笑いながら言えば、
「だってよ、ま、しょうがないだろ。」と、眠る体制に突入。
昼間の避難所を、いかに楽しく、有意義に過ごすかという、重大な課題を解決できないまま、話し合いの輪は解散になる。
座っているのも所在ないので、勤福の中を探検。
最上階は、なにやら古ーい応接室のような作りになっていた。この部屋だけ、冷房を自分で調整できるということで、冷房に弱い、具合のよくない人達が、数人で使っていた。一昔前の、小さなソファーは、カバーこそ、真っ白なものがかかっているけれど、横になるには体を曲げなければならず、窮屈そう。そこに、調子をくずしたという人が横になっていた。傍らには、たぶん横になっている老婦人のご主人だろう。寄り添っている。
が、2人とも、この古い応接室の調度品の一部のように動かない。
ベランダに出て空を見上げた。たまに、ポツリポツリ、雨が落ちてくる。
ところどころに青空が見える。雲が、雄山の山頂から、縞模様に流れていく。真っ白な入道雲のように見えるのは、噴煙だという。そうなのかなぁ。時折落ちてくる雨には、灰は混じっていない。
1階に下りて、ボウリング場をのぞく。「ボウリングができたらいいね!」
なんて期待は、ガラガラと崩れてしまった。なんと、レーンに人が毛布をしいて寝ていた。ボールを転がす方向に、本来ピンがある方に頭をむけて、人が1列になって横になっている。これじゃ絶対にゲームなんか無理だ。
がっかりしたけど、当然といえば当然?でも、ボウリング場のレーンで寝るなんて、体験する人はほとんどいないんじゃないか? 私もあとで、ちょっと行って横になっておこう。何ごとも、体験だ。まあ、なんの役にも立たない体験だけどね。
次の部屋に行くと、そこには、檻に入った、大きくて、きれいな猫がいた。私は、どうしてもその猫にさわりたくて、飼い主さんがいるのをいいことに、檻の隙間に指を突っ込んだ。さわりたい。檻から出して歩かせてみたい。かかえてあげて抱きしめたい。思い切り撫でたい。でも、他の人がいる手前、出すことはおろか、檻自体に風呂敷がかけられていて、見ることさえままならない。いくら、さわろうとしても、指は届かなかった。
ひとりだけ、3歳くらいの男の子が走っていった。
ハッとした。まるでその姿は、座敷わらしのよう。古い薄暗い建物の中で、大人達がうろうろ彷徨っている、その足元をすり抜けて行った。
これまでの避難所と決定的に違うこと。明らかに、子供の姿がない。そうだ、彼らは行ってしまったんだ。それに気がつくと、今回の避難所の雰囲気が全く違うことが、学校ではなく勤福になったという建物の違いからではなく、すっかり大人ばかりになっているせいだとわかった。
元々割り当てられた場所に戻る。さっきよりも横になっている人が多くなり、手狭になっていた。自分の車のある所と、携帯を持っている人には、番号を伝えて避難カーに戻った。最近は、携帯電話が、結構、必需品になりつつある。
だけど、我が家は圏外。庭に出て、海の方に限りなく手を伸ばせば、天気の良い日はアンテナが立つ。でも、伸ばした手の中の携帯では、通話ができない。
鳥の箱を助手席の足元に移動した。ドアを完全に閉めて、箱のふたを開ける。暴れずに、こっちを見ている。相変わらず鋭い眼。なんだかホッとした。
野鳥なら、避難中でも、回復したら逃がせる。まだまだ、羽根がほとんどないけれど、これなら大丈夫。梨がよほど美味しいのか、信じられない勢いで食べている。実は、箱の中に、この子の他に10羽ぐらいいるんじゃないかと思わせるほど。ただ、梨を食べ始めたせいか糞が緩くなった。
脱水症状ではないはずだけど・・・注意しなくては。植え込みや土が見えるところを、虫がいないかと探したけれど、やはり降灰のせいなのだろう、見つけられなかった。
この鳥に、名前を付けよう。これまで野生を奪うようで、躊躇していたけれど。きっと、この先、空に飛び立つまでの、ごく短い時間、名前を付けたぐらいでは、この鋭く力強い気高さは、失われることはないだろう。そう確信した。
たぶん、ひよどりだと思う、そうなると、ひよ助、ひよ太郎、ひよ蔵・・・言いにくいな。ひ、じゃなくて、ぴにしよう、ぴよ助・・・。
いや、この子のラッキーがずっと続くように、そして、私が、拾ったことが、この子にとってラッキーだったと思いたいから、縁起のいい字を使って、ぴよ吉にしよう。水っぽい糞で、グシャグシャになった敷き紙を取り替えながら、「ぴよ吉」と呼んでみたけれど、当然無反応。梨を取り上げられたと思って、怒って騒いでいる。
日が傾いてきたのか、曇り空のせいか、直射日光がささない車は、冷房をかけなくてもいられる。私は、車の後ろに移り、ネズミの巣のようなスペースで、身体を丸めて、軽く夏がけをかけて、少し眠ることにした。
(野田理恵)