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三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること野田理恵(のだりえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
   

36 それでも生きている。

 
かがんだり、くぐったりを繰り返しながら、進んでみたが、それ以上進めないところまで着いてしまった。
木が電線に倒れ込み、その重さで、電柱が倒れ、電線も地面に着いてしまっていた。木も滅茶苦茶に折れ重なっいて、くぐったり、もぐり込んだりする隙間はなかった。
こんがらがって目の前に垂れ下がる電線は不気味だ。
触ったら、感電するのだろうか。


ここは木が倒れきってしまっているから、空が広がっていた。
家から村道が二またに分かれる突き当たりまで、半分も来られなかっただろうか。
あまりにも変わり果ててしまって、全く見当もつかない。

帰ろうと、来た方を向くと、ついさっき、通ったばかりのはずなのに、全く見覚えのない道になっている。
どこを通ってきたのか、どこをくぐったのか、逆側から見たら、どこにも入り口がない。進んできた道のあとがない。
RPGのゲームのダンジョンのよう。

木の枝にあたると、固まった灰がバラバラ落ちてくることもある。
髪に落ちると厄介だ。今日は、お湯で洗髪はできないだろうから。
長靴から出た右のすねに、いつの間にかひっかき傷ができた。
垂れた血が、妙に赤く見える。でも、灰がついたところにかかった血はただ黒くて、汚らしい。

なたを持ってくればよかった。
いや、どちらにしろ、行き止まりの道だから、いたづらに木を傷つけることもないか。
でも、どうせ、倒れた木は死んでいるのでは。
そんな、自問自答をしながら、引き返した。

倒れた木が密集しているところを、あと1カ所越えれば家かな?
というところで、自分以外のものがたてる音が聞こえて、ギクッとした。

ガサッ、ガサガサ。自分がさわっていない木の枝が動いた。
音の方向はわかったものの、倒れた木の枝で、見えない。
これほど大きな音をたて、木を揺すり動くなんて、
さっきのイタチよりも、大きなものだ。
そう判断することで、この音の主が、さっきの「あれ」ではないと思おうとしたのかもしれない。

が、石の藪から這い出てきたのは、鳥だった。
両方の羽は、まるで骨だけになったうちわのように、無惨に拡がり、1本1本が灰で固まっていた。尾羽はまとまって固まっていた。
石の藪から、石でできた鳥が這い出てきた。
一瞬こちらを見上げた瞳の光がなければ、なんだったのかわからなかったかもしれない。

広がって固まった羽を引きずりながら、私を見て、逃げようと這う速度を上げた。私は、無我夢中で捕まえた。

無理な力を掛けて、固まった羽や足を折らないように、そっと優しく、すくい上げるように、乾かずに濡れて粘る灰から拾い上げたつもりだった。

それなのに、次の瞬間、その鳥は、硬く細いくちばしを大きく開けて、私の人差し指の根元を、バシッと噛んだ。
つついたのではない。歯がないから、ガブリとならないだけ。
何度も何度も、噛んできた。

呆然としてしまった。
顔の片方は灰で固まって、目がどこにあるのかさえわからない。
でも、カッと見開いたこちら側の眼からは、ギラリとした野生の光が放たれている。私をにらみつけ、自分の自由を奪っているものが、私の手だということをわかっていて、何度も何度も噛みつく。
噛みつこうとするときに、開けるくちばしの中は、真っ赤だ。
真っ黒な眼は、信じられないほど力強く、神々しい。

なんて事だ。こんなにボロボロになって、飛ぶことも、ろくに歩くこともできないくせに。
くちばしの上に灰が固まっていて、鼻の穴さえふさがっているくせに。
息もできないくせに、全身の力で、自由を奪う私を攻撃する。
そんなに動くな。わかったから。
鼻の穴がふさがっているのに、そんなに動いたら、酸欠になってしまうんではないか。

とりあえず、くちばしの上の固まりを取ろうとしたが、簡単には取れない。無理をしたら、灰の固まりの下の羽や皮膚までいや、くちばしごと取れてしまいそうだ。
羽をたたみ直し、脚の位置を安定させて、鳥の頭の部分を手で覆い暗くして、家に走った。倒れた木の枝が、顔に当たる。けれど、そんなことは、もう、気にならなかった。気にしなければ、ずいぶん速く進めた。

うれしかった。鳥に噛まれた痛みは、大きな驚きと感動だった。
生きている。野生は野生のままで生きている。
森が石になってしまっても、人間が途方に暮れようと、人間が思いを寄せようと、野生は、野生の世界を持ち続けている。
この眼の光を見よ。何が起きても、自分がどんなになろうと、野生の生き方を、自分の生き方を、全うしようとする、力強さ。崇高さ。
色がなくなり、全てが石になった森で、これほど美しいものが存在するなんて。

庭が見えてきた。灰で真っ黒になった家を、ただ見上げている主人に向かって
大声を出した。
「早く。デジカメ!ビデオでもいい。この子を撮って。生きてるの。早く!」
何が何だかわからないままカメラを持ち出した主人に、さらに叫んだ。
「眼を撮って、この子の眼を撮って、生きてるの、生きてるから。」
ゆっくり撮影している時間はない。数カットを撮ったら、生きているこの姿を、眼の光を撮れたら、それで十分。

厨房に入って、流しで、ボウルにお湯を張った。
朝1度沸かした給湯器のタンクのお湯が残っていた。
インコの体温が42度くらいだったと思ったから、
人間にとって、ちょうどいいぐらいのお湯で良いだろうか。
お湯だと、羽根の油分を取ってしまうかもしれないけれど、水では体温を下げてしまうだろう。ここまでボロボロになっている状態で、体温が低下したら、死に直結だ。

お湯の中に鳥を入れた。
思いのほか、ジッとしている。とにかく、鼻の穴を開通させなくては。
そっと、少しずつお湯をかけ、灰を溶かすように、と思ったが、灰は溶けない。まるで、石をお湯に入れたようで、予想しなかったことに少し焦る。たっぷりの水さえかければ、もっと普通の泥のように、ボロッと崩れると思ったのに。固まりの表面だけが、少しずつ溶けるだけで、お湯の中の鳥の姿は、一向に変わらない。不安が一気に押し寄せる。

くちばしの上の固まりは、しばらくして、なんとか取れた。
最後は、かなり強引になってしまった。痛かったかもしれない。
取れたら、プツプツと、小さな泡が孔から出たので、なんとか開通したかと思った。

次に羽根。鼻の穴ばかりに気を取られていて、鳥の体の後ろの方を、見ていなかったのだが、ボウルのお湯の表面に、わずかに、もやもやした灰色の、灰ではないものが浮いていることに気がついた。
片方の翼を広げて、灰を溶かすように、こするように洗っていて、気がついた。
羽根の軸は残っているのに、灰がこびり付いたせいなのか、柔らかな羽毛の部分は、ヌルッという灰が取れる感触と一緒に取れてしまうのだった。まるで、溶けるように。

ホッカイロって、あったっけ・・・。
どこかに1つぐらいないだろうか。
この鳥は、綺麗になってお湯から上がったら、きっとハゲ坊主だ。
羽根の軸だけ残った、無惨な翼をみながら思った。
体を包む羽毛が全部取れてしまうんじゃないかと、覚悟しながら、灰を洗い流す。頭の部分についていた灰は、すぐに取れてくれた。
灰に埋まったもう片方の目も、潰れていなかった。
大きな傷も見あたらず、ホッとした。
が、羽毛がほとんどなく、ひな鳥のような顔になってしまった。
尾羽は、3本を残して、取れてしまった。
灰が固まってくっついていただけで、真ん中あたりから軸ごと折れていた。

灰も取れたけれど、羽根も相当なくなってしまった。
お湯からあげて、タオルに包む。
乾いてきても、羽毛がないので、ふんわり感がなく、鳥らしくならない。元々濃い灰色の鳥らしい。
頭のトレードマークの羽根が無くなっちゃっているけれど、ひよどりだ。たぶん。
ものすごく体力を消耗させてしまったので、化繊のウエスを入れた小さめの箱に入れて、ふたをした。
落ち着くまで、寝てくれればいいのだが。

箱に入れようとしたら、1発、ガブリと噛まれた。
なんだこいつ、もしかしたら、お腹がすいているのだろうか?
じゃ、えさを何か考えるから、とにかく、体温が戻るまで、ジッとして、寝てなさい!
あんまり暴れるんだったら、ひっくり返しちゃうからね。
と、言いつつ、思った。
鶏や鳩は、ぽん!とひっくり返すと、寝ちゃう、というか、あれは、気絶なんだろうか、大人しくなるけれど、この子の場合は、返って暴れそう。
でも。
ああ、まだ元気で、体力が残ってくれていてよかった。
抵抗してくれて、ありがとう。本当によかった。

えさになるもの。できるだけ高カロリーなもの、すぐに羽根になりそうなものってなんだろう。
やっぱりタンパク質だろうか。鳥のえさのタンパク質っていったら、虫だけど、虫なんてどこにも見あたらない。困ったなぁ。

虫がないなら、果物。そういえば、土曜日に、主人が坪田に灰下ろしに行ったとき、謎な果物をもらってきた。
それは、今までみたことも聞いたこともない果物。
皮がはぜたら食べられるらしい。そこは、アケビのよう。
でも、見た目はお茶の実のよう。その果肉は、バナナとアボガドを混ぜて、100倍美味しくしたような感じ。
どうしても納得できないのは、果肉の中の種の並び方。
果肉の見た目は、クリーム色のキウイフルーツ。
ただし、種の数が1つに10個ぐらいしかなくて、直径が5cmぐらいの実の中に、本当にランダムに、入っていること。
およそ果物とか野菜に限らず、実というものの種は、必ず何らかの規則性で並んでいるものだったのだ、と、この果物を見て気がついた。
その、当たり前からはずれたこの果物は、ものすごく美味しいのに、なんか、違和感がある。しかも、名前が怪しすぎ。
たぶん、主人の聞き違いだと思うが、「ぽぽ」というのだそうだ。
まあ、聞き違いといっても、「ぽぽ」を、他にどう聞き違えても、普通の名称にはならない気もする。

この、謎だけど美味しい果物を、鳥にあげるのは、もったいないけれど、ねっとりとした食感はすごく高カロリーな気がする。
少しだけ、あとであげてみよう。
他には、7月に大量に仕入れてしまったマーガリンで、鳥が好きなお団子でも作ろう。
どこかに書いてあったはず、ラードで作る野鳥のえさの作り方。
ラードの代わりにマーガリンじゃだめかな。
それより、他に何を混ぜるんだっけ。
 
   
(野田理恵)
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