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三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること野田理恵(のだりえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
   

33-2 なんだこれは

  しばらくして、また電話が鳴った。
伊ヶ谷方向から入ろうとしている主人だった。
やはり、伊ヶ谷からも近づけないらしい。もう一度坪田に戻って、島下側からアプローチするという。どっちでもいいのだが、とにかく、ここに今来ては危険だと思った。今までの噴火の灰とは、少し様子の違う灰が、もう私のくるぶしの上まで積もっている。お客さんを連れている以上、状況がわかるまで、安全な場所にいて欲しい。
もがいても、ダメなものはダメだ。
「いいから少し様子を見て。もし、お客さん達が仕事の時間に間に合わないとかそういう事態になったら、どこか民宿を聞いて、そこにお願いした方がいいと思う。家は、もしかしたら、泊められないかもしれないよ。」と伝える。
残念だけど、仕方がない。伊豆の手前までは来られたというのであれば、今回は、神着が一番降っているのだろう。坪田方面では、営業再開している民宿も、一時期に比べれば増えたから、どこか受け入れてくれるはず。

むき出しだった腕に、灰がついているような気がした。
ザラザラではなく、湯気を浴びたような、べたっとした感触。
手近にあったタオルで、つい拭いたら、かすかだが、異臭がした。
マジックリンで魚を焼くロースターに、こびり付いた油汚れを落とすときの臭い。
ぎょっとして、タオルをよく見た。タオルが汚かったわけではない。
慌てて水で洗い流した。顔も洗った。
改めて、タオルと腕を見てみた。皮膚に異常はなく、タオルに体毛が抜けてついてるとか、腕の毛がなくなってツルツルになっているということもなかった。
でも、あの独特の臭いは、確かにした。
取りあえず、外に出るときは、帽子をかぶった方がよさそうだ。
毛は抜けてないし、禿げてもいないけれど、やばそうな予感がした。
禿げるのは困る。カツラは、義歯より高いと思う。

外では、また音が激しくなった。今度こそ、何かが降ってきたと思って目を凝らすのだが、何も見えない。悪天候に弱いいくつかの局の番組が映らなくなってきた。
大雨が降ったりすると映らなくなるのは、家のアンテナやテレビのせいなのだろうか。取りあえず、空から何かが大量に降っていることがテレビが映らなくなったことでわかった。
新島側からの電波が、降っている何かで遮断されるのだろうか。
電波って、そういうものなのかな。
 もう一度外に出る。やはり、雹が降っているわけではない。
滲んだ街灯さえ見えなくなった。玄関からの光が届く範囲の空中で縦横無尽に黒い何かがうごめいているのが見える。
家の中で聞こえる音と、外に出たときに聞こえる音は、微妙に違う。
が、どちらも、目で見えるものや、肌で感じる感触とは、一致していない。
木々の葉擦れの音とも違う。
どこか別の所でしている音なのだろうか。

換気扇から入ってくる霧のせいなのか、それとも、やっぱりこれは灰なのか、部屋の中の視界が濁ってきたように見える。
人間、臭さには慣れやすいというが、逆に、どんどん臭くなってくるような気がする。鼻の奥に、痛さではないが、違和感がある。

まだ映ってる局のテレビに、ときおり三宅が映る。
同じ島のはずなのに、テレビに映っているところは明るい。
青空が広がっている。不思議だ。ここは、異次元としか思えない。
玄関から10歩も歩けば、上も下も右も左もわからなくなる空間がある。
何かがびっしり存在しているから、空間とはいえないような気もするが、そこに行くことができるから、やっぱり空間なんだろう。
透視度が悪くて、岸も海底も海面も見えないコンディションでのダイビングの感覚が近いかもしれない。

ネット上の書き込みで、少し外の様子が分かる。
何をするでもなかったが、ネットの書き込みで、教えてもらったとおり、濡れタオルを用意した。何も持たずに外にいると、かなり咳き込む。
濡れタオルを持って外に出て、鼻と口にあててみる。
灰やくさい臭いは、鼻に入ってこないけれど、空気自体も入ってこなくて、窒息しそう。そういえば、濡れタオルを顔にかけて窒息死させるって、何かのミステリーにあったような。鼻の穴に密着させるから苦しいのか。
そうか、これを当てながら、口で息をすればいいのか?
うまく調整しながらだと、咳がすぐに出ることなく、 玄関の外にいることができる。が、車の窓が閉まっているかどうかを
確かめには行けなかった。わずか2mもないところに停まっている車の車体が見えなくなる中で、20mも離れたところにある地点は、世界の果てのような気がする。

そろそろテレビ各局の6時のニュースが始まるぞという段になって、外が静かになってきた。が、すぐに、轟音を伴って雨が降ってきた。
 大雨だ。最悪だ。ああ、でも雨の音は、さっきまで何回か聞こえた、謎な音とは、まるで違った。雨の音は、やはり雨の音だ。
外はまだ暗いが、先ほどまでの暗さとは違ってきた。
空のところどころに、群青色の部分が見える。

雨が降りはじめてしばらくして、南の方の低い空で、花火を半分にしたような、妙な光が、等間隔で閃光を放っていた。黄色と赤。カマボコのような形。
南の方向には、家で借りている畑以外、何もないはずなのに。なんだろう。
UFOや超常現象だろうかと思い、懸命に見つめながら、考えを巡らす。
借りている畑は、UFOが離発着するには狭いし、光源はもっと遠い。
山肌のような気もするが、ここから山肌が見えたことはない。
手前にある藪の高い木々に遮られている。

あれは、電柱だ。大きな送電線の電柱の碍子がショートしているんだ!
なぜ、そんなことに、突然気がついたのか、わからない。
だいたい、我が家から、我が家に引き込む電線に関係のない電柱なんて、見えたことがない。
家の前の村道の電柱は、もっとずっと手前で、碍子の位置は見上げるような格好になるはず。だからあれは、都道の電柱だ。
 それでも、なぜ、そうだと気がついたんだろう。
物理が大嫌いだった私が、突然気がついたこと自体が超常現象だ。
強いて言えば、火花が等間隔だったから?いや、都道の周辺の建造物なんて見えない我が家から、どうしてそう気がついたのかわからない。
神様が囁いたのだろうか?でも、はっきり、わかった。
碍子に積もった灰に雨が降って、絶縁しなくなったんだ。
だから、あの光は、ショートしている光なのだ。

まずい、停電だ!!

慌てて、風呂のスイッチを入れに行く。
厨房のボイラーは、貯湯式で、少し前にスイッチを入れてあったので、しばらくはお湯が使えそう。電気釜は、もう既にはねている。
今朝着く予定だったお客さん達の、朝ご飯と昼ご飯の分。
お客さん達は、来られないだろう。
私達2人分になってしまったら、相当、食べでがあるが、しかたがない。

パソコンで最後の通信、が、文章を打って、送信という時に、外がドン!という鈍い音と共にパッと明るくなり、次の瞬間、部屋は真っ暗になった。パソコンも消えてしまった。
部屋が真っ暗になったのと入れ替わりで、オレンジの非常灯がついた。
火災報知器が停電時のアラームを鳴らし始めた。
うるさいので、急いで断線処理をする。
風呂のお湯は、ぬるいまま。間に合わなかった。

非常灯がもつ時間は、およそ1時間半、その間に、ろうそくの準備をする。
焦がしたりしてダメにしてしまった雪平鍋の真ん中にロウを垂らし、ろうそくを立てておく。チャッカマンもそばに置く。

机の上には、最小限の物しか置かない。
真っ暗になれば、一番最初に必要なのは、チャッカマン。チャッカマンで点灯して、ろうそくの雪平鍋を確認して灯をともす。その時に、ごちゃごちゃ他に物があったら、どれがチャッカマンなのか、わからない。
手探りしたり、けっ飛ばしたら、特に危ない物は、遠くにまとめて用意しておく。
停電になると、いろいろな機能がついている電話機は、親機しか反応しない。
しかも呼び出し音が、鈴虫の鳴き声ほどしかしなくなるので、親機の音が少しでも聞こえるように音が共鳴するように、固い金属の板の上に乗せる。今は、クッキーの詰め合わせの缶のふた。
事務室の小さな窓とドアを開けておく。いつもの停電時の手順だ。

一通り終わったら、どっと疲れてしまった。
非常灯が弱くなったら、いつでもろうそくをつけられる準備をして、フロアに寝転がった。雨足は弱くなったようだ。
風呂のスイッチを入れるのが遅かったことが悔やまれた。
パソコンもまずかった。一番まずいパターンだ。
壊れてしまっただろう・・・。

あー、神様、どうせ囁いてくれるなら、もうちょっと、早くにしてくれないと。ま、私に起こる超常現象なんて、こんなもん。

今回の大きな失敗。ポータブルテレビをはじめ、避難時に活躍するものが、ほとんど避難カーと倉庫カーに積んであること。大失敗だ。
これは、危険予知トレーニングで想定しなかった。
今の状態では、取りに行けない。車まで行き着いて、運び出す迄の間に、灰と泥と雨の相当の覚悟をしなくてはならない。
もういいや。島内のマスコミもずいぶん引き上げたから、いくらテレビにかじりついても、それほどのことはやらないだろう。
気象庁も、何か発表したとしても、今までと同じ、「予想の範囲です。」「火山活動に特別の変化はありません。」と発表するんだろう。

あー。参った参った。
 

(野田理恵)

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