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三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること野田理恵(のだりえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
   

33-1 なんだこれは

  「朝迎え、久しぶりだからなぁ。ちゃんと起きられるかなぁ。」などと、主人が不穏なことを言うので、目覚ましが鳴って、主人が出掛けていくまで、ちゃんと眠れなかったような気がする。
車のエンジン音がしたので、無事起きて行ったらしい。あーー。よし。これで後1時間、ぐっすり眠れる。

そう思ったのに、夢の中で、何か止まらないベルが鳴っていて、目が覚めたら電話が鳴っていた。どこのどいつだ、ようやく眠れたのに。
 電話を取ってみると、主人だった。
「ちょっと。すごい噴火だ。そっちのほうだ。」
私は、超不機嫌だ。もー、噴火ぐらいで起こすなっちゅうの。
が、電話の声の方は緊迫していて、「外見てみろ。」と続いた。
面倒だな、と思いつつ、ベランダにでると、信じられない物が目に入った。

車のドアが全開だ!

青い海をバックに澄んだ朝日燦々と浴びて、これでもかというほどドアを全開にした車。

冗談じゃない。いったい何なんだ。なんで全部開けてあるんだ!!!

電話を取りながら動いていてよかった。
布団の中にいたまま電話に出てたら、間に合わなかった。
寝間着のまま、自宅側の玄関から車に走る。確かに、噴いている。
車について、まず後ろのドアを力任せに閉めた。ふざけんな。まったくもー。
こんな朝早くから、なんだって車のドアなんか閉めなきゃならないんだ。
しかも寝間着で。誰か来たらどうするんだ。

いつも通り、空に一直線に立ち上がる噴煙の柱。
巨大なブロッコリーのようだ。
車の横のドアを閉めたときに、これもいつも通りの、ブロッコリーの付け根から、山肌を舐めるようにあふれてくる噴煙が見えた。
ドライアイスを洗面器に入れて、熱湯を注いだときにドライアイスの煙が洗面器の縁からあふれてこぼれる様子にそっくりだ。

やばい、今回は、こっちに来る。
真正面という感じはしないが、重そうに逆巻きながら降りてくる噴煙は、ひとつひとつのカールのそれぞれの輪郭が、これまでよりはっきりしているような気がする。
そんなことを思う間もなくあたりが暗くなり、車を離れ玄関に走った。20mもない距離の間に雨が一瞬強く降った。が、いつものような、泥雨ではなかった。
最近は、夜中に何があってもいいように、Tシャツを寝間着にしている。
白いTシャツには、これまでの経験から覚悟したほどの灰や泥雨のスポットがつかなかった。

玄関にたどり着いた。数歩前まで明るかったのに、夜明け前のように暗くなった。とりあえず、泥と灰の直撃からは逃げ切った。
でも、ここで、車のドアは閉めたけれど、果たして、窓が開いていたのではないかということが気になった。どうしよう。
灰を浴びて車まで行って、開いていたら、車内に、灰も一瞬降った雨も、しっかり入りこんでいるだろうから、もう間に合わない。閉まっていたらすんでのところで命拾いした、きれいなままのTシャツをお釈迦にするだけだ。
最大の問題は、あの車だけが、パワーウィンドだということ。
エンジンをかけなきゃ窓が閉まらない、とんでもないことだ。
今の季節、エンジンを止めてから、窓が開いていることに気がつくから、倒で開けっ放し。東京では、この上なく便利な機能が、ここでは、どうしようもなく不便。
うん、窓は閉まっていることにしよう。
もしも開いてたら、昨日の夜閉めなかったヤツが悪いということで。

部屋に入って、電気をつけた。真っ暗だったから。
たしか、電話で起こされたときは昼間のように明るかったような気もするが。

パソコンをつけて、テレビをつけた。5時前のせいか、テレビでは何もやっていない。三池の方はどうなっているのだろう。
今朝の港は三池だけど、あっちも降っているんだろうか。
まいった。昨日前祝いまでやったお客さんだったのに。怖がらせてしまったかな。
 時折、激しい雨のような音と、雨を伴った突風のような音がする。
が、外を見ると、片栗粉のような細かくてさらさらの灰が、サッシや車の窓のさんに降り積もっては、まとまると自重に耐えられずにサクッと落ちる。
聞こえている音と降っている物が一致していないような気がした。
ラッキーなのは、雨が降っていないことだ。
雨と灰が一緒に降るのだけは勘弁して欲しい。

もう一度玄関の外に出てみる。我が家は玄関は三池の方を向いており、玄関のたたきの山側には、降雨時に横殴りの雨を浴びないように壁がある。
畳2帖半分ぐらいのたたきの正面前には、私の軽自動車がぴったりと止めてある。

激しい音は確実に聞こえるのに、車に何かが当たっているようには見えなかった。いくら目を凝らしても、粉砂糖をふるいにかけているような細かい灰。
違うのは、7月の降灰の時のように、雪のように上からしんしんと降っているのではなくて、横から、少々勢いのないスプレーで吹き付けているような感じだ。

すごい臭いだ。これまでに、温泉とかでも嗅いだことのある、硫黄臭と同じものだと思うけれど、卵臭いとか、おなら臭いとか、それよりも、もう少し深刻な、笑えないような臭さ。それから、鉄錆臭。灰の中に鉄錆の粉が混じっているかのような臭い。

どんどん暗くなっていく。夜の暗さとは全く違う暗さ。
普通の夜の暗さには、透明感があることを知った。
今、ここの暗さは、墨汁で塗りつぶしたような暗さ。
暗い、ではなく、黒い、なのだろうか。
不透明な黒に塗り込められてしまったような。
この、不透明な暗さも、闇と呼んでいいのだろうか。
暗闇の「闇」とは異質なものの気がする。
玄関や室内から漏れる光は、闇の中の物を照らすことなく、暗さに負けて光線が分断されているように見える。

家屋と逆の方向に、時々見える人魂のような光がある。
横に広い楕円形に滲んで、ぼぉっと浮かぶ。
あれは、村道の街灯の明かりだ。
子供の頃に見た天体写真の、なんとか星雲、星団のような形。
滲んで、完全に消えてしまったり、中心の小さな円状だけ、ふっと強い光になったりする。

別棟の庇につけた、動く物体に反応してつくライトがある。
村道の街灯の光がはっきり見えることでわかる、降灰が弱まった一瞬には、こちらの電灯もついていることがわかる。街灯に比べて光が弱いのだろう、この光は、なかなか見えることがない。
それにしても、ライトの感応器が反応している「動くもの」は、いったい何なのだろう。あそこで、何が動いているのだろう。
何かいるのだろうか。

玄関についている強いライトをつけてみた。ムンクの絵の背景のように、点描でとぐろを巻いたような霧の渦巻きが、手を伸ばした先くらいの宙に見える。
灰は上から降っていない。山から吹いているというようでもない。
灰が細かすぎるせいで、巻き上がってしまうのだろうか。
宙でとぐろを巻き、流れ、降っている灰は黒くないのに、真っ黒な闇の壁を作る。

電話が鳴るので、家に入る。三池にいる主人から。
客のピックアップはできたものの、家のある神着方面に、恐ろしくて、入れないという。
その言葉から、今回は、三池の方よりも、神着に降っている事がわかる。
取りあえず、島下を通らず、遠回りをして伊ヶ谷方向から入ろうということ。
どっちから来ても同じような気もする。三池の方も、伊豆の方も、どっちを向いているのかさえわからなくなるほど、暗い。どちらからも、いや、どこからも、光は見えず、べた塗りの黒い宙には、暗さの裂け目をみつけられない。

換気扇のダクトを伝って部屋の中の天井から灰のような霧のような、何かが入ってきている。普通の台所にある換気扇ではなく、天井に換気用についている2カ所から。特に、蛍光灯の手前にある方は、光の加減なのか、外壁の孔から近いためかモワーーンと、力無く降りてくる霧状のものがはっきり見える。
灰が上から降っていないから、横穴から入ってしまうって事か。
参った。すかさず、換気扇のスイッチを入れるが、なぜか、モワーーンは止まらない。仕方がないので、灰がカーペットの上に直接降るのを阻止するため、換気扇の下にちゃぶ台を移動した。
ちゃぶ台は拭けばいいが、カーペットは、防炎カーペットなので、ダメにしたくない。高価な物なので、買い換えなどできない。
新聞紙をしきたいところだが、新聞は数日前に止まってしまったので無駄にできない。
ちゃぶ台の上には、ザラザラする灰ではなく、なぜか、どちらかというと、べたべたするようなものがついた。
液体でもなく、いったい何なのかわからない。

外では、何か、激しく鋭い音がする。雹が降っているような音だ。
トタン屋根のない我が家で、まるでパチンコ玉をぶつけたかのように激しい音がする。スレート葺きの屋根、石膏ボードの壁の家では、トタン屋根に雹が降ったときのような、大げさな音はしないはずなのに、
なぜ。
が、部屋から窓を見ても、窓には何もぶつかっていないように見える。

外に出た。激しく、鋭い音は、やはり家や車に何かがぶつかっているものらしい。外に出てしまうと、少し音が小さくなるような気がする。別に間断なく聞こえるゴーッというような、ザーッというような音に紛れるのかもしれない。
玄関の壁の内側から、おそるおそる手を伸ばしてみる。灰が降り積もっていて、音の正体が分からない。音はまだしているのに、腕には痛い物はあたらない。
軽自動車のリアウインドウも割れていない。

一度部屋に入り、ものさしを持ってもう一度外に出た。
激しく鋭い、バラバラ、というような、ガッガッガッガッというような音は、少し収まったような気がした。テレビの音が聞こえるようになった。

玄関のたたきから外に出た。
踏み出すと、バフッという感触の灰。冷たくもなく温かくもなく、足の感触は不快ではなかった。サンダルと足の間に、くまなく灰が入ってくる。
サンダルを履いた意味など全くない。サンダルとの間だけでなく、足の指紋やしわ、爪の間、全てに天花粉をはたかれたような状態になっているのだろうか。足元は暗くてよく見えない。
見た目を裏切って、片栗粉のように、キュッキュッとはきしまない。
手応え、じゃない、足応えのない、不思議な感触。

聞こえる音は、なんなのだろう。
灰が降っている音だったら、すぐに耳の穴が詰まってしまいそうだが、そんな気もしない。耳の穴を触ってもジャリジャリする感触はない。
が、鼻は、何かが詰まってしまったような気がする。硫黄臭さと鉄錆臭さが、固体になって鼻に詰まってしまったような感触。空気が鼻の穴より奥に入っていかない。
無意識のうちに、空気を吸わないようにしているのかもしれない。
口で息をする。音の正体と思える物は体にあたらない。
ザラザラの感触は、皮膚にはないのに、舌には何か感じる。
思いっきり、大きな口は開けない方がいいらしい。苦いような酸っぱいような味というより、感覚といった方が近い。虫歯の治療の時に、こんな感触を経験したような気もする。

急いで、音の正体を探さなくては。積もった灰をまさぐる。
玄関の灯りは、こんなに近いのに、手元に届かない。
外から玄関の方を見ると、玄関の灯りで、空気中の渦巻きが濃くなったり薄くなったりするのがよくわかる。
空気中の酸素や窒素の分子が、ものすごく大きくなって、肉眼で見えるようになったら、こんな感じだろうか。
 爪を切ったばかりでよかったが、なんだか、ささくれがひどくなりそうな乾いたほこりっぽさだ。細かい灰の中に、たまに小さな固まりがある。
およそ、音の正体にしては、小さすぎて、そう思えないが、それ以外に、触れる固体がない。どうしても見つからない。
これだ!と思ったものは積もった灰の一番下にある、元々庭に敷き詰めてあった小石だ。これは明らかに違う。
何も見えないので、手で灰をひとすくいして、玄関に戻る。
灰の中に、いくつか、雛あられの中に入っている、砂糖衣をかけた大豆のような粒があった。どれも小さい。
これが音の正体なんだろうか。違うような気がする。
手を伸ばしてもっと探してみる。
聞こえる音に見合うようなものは、どうしてもない。
この砂糖のかたまりのような粒以外は、片栗粉よりももっと細かい、パウダーシュガーのような軽さの灰だけしかつかめない。

息苦しくて、咳もひどく出る。長い時間は外にいられないらしい。
   

(野田理恵)

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