三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること
野田理恵
(のだりえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
32 秋が来る。
主人は阿古や坪田の灰下ろしに行き、私は家で過ごす毎日が続く。
ここに来て、予約には結びつかないものの、秋以降の問い合わせが、数件あってうれしい。それに、今週は、ダイビングのお客さんではないけれど、明日から、毎日お客が入った。人数も多くはないけれど、本当に嬉しい。
昨日、大久保浜で、鉄板の上を渡って船に吸い込まれていく災害救援の車達を見送ったときも思ったが、海や空が、どんどん秋めいてきてる。
猫達がいなくなったから、家の掃除の時、今までほとんど開けたことがなかった網戸を、全ての部屋同時に全開にできる。
グレーの網戸を通さずに見る海と空と緑。今年は、なんとなく空気がべたついていて、いつまでも梅雨を引きずっているような夏だったけれど、そのまま次の季節に代わっていくのだろう。
三宅には、季節が5つあるんだよ、と、聞かされたことがある。
春、梅雨、夏、秋、冬。
何年も前、季節的にはすっかり夏だと思っていた、蒸し暑い梅雨の終わりに、「今年は、夏がなかなか来ないなぁ。」と自然に話している人を見て、その話が本当なんだと驚いた。それまで、からかわれていたのかと思っていた。
となると、今年は、梅雨のまんま秋に突入、かな。
窓をいくら全開にしても、日に何度も掃除機をかけても、いないはずの猫達の毛がなくならない。掃除をしてもきれいにならないことは、以前は苛立たしかったけれど、今はそうではない。
かといって、うれしいわけでもなく、思い出して悲しいわけでもない。
だんだん少なくなっていって、いつか無くなるのだろうと思うのだけど、ただ漠然と、その過程を眺めているだけのようで、不思議な気がする。
こんな事にも、「過程」があるとは思わなかった。
その、目の前で起こる「過程」に、なぜ、心が動かないのだろう。
今でも、この板の間の隅に、あるいは2階の階段の踊り場に、2匹が寝ているような気がするせいなのか。
いろんな事が起きて、山の形が変わるほどの大事が起きて、八丁平もなくなって、島からいなくなった人もたくさんいて、猫達もいなくなって、お客も収入もなかった。
だけど、生活はそのまま。仕事がないだけで、外が降灰でほこりっぽいだけで、深刻な話題が多いだけで、生活は何も変わらない。
それぞれの季節が、いつもの年と同じように、変わっていく。
新聞でもテレビでも、三宅災害の報道のの旬は過ぎたようだ。
画像的に面白みのない地味な噴火だったから、噴火や溶岩で直接の犠牲者がでなかったから、飽きられるのも早い。
みんなドラスティックな出来事に、慣れてしまって、それを満足させなければならないマスコミだって、苦しい立場だろう。
旅やレジャーの番組が、海や山の情報から、いつの間にか温泉情報に変わることと同じ事なんだろう。
1つの季節が過ぎていくだけのこと。
収入がないという、重すぎる現実を置きみやげにして。
閑話休題。
今日は歯医者だった。ペットボトルのキャップをこじ開けようとして割れてしまったセラミックの歯の表面部分は、先生が特別にドイツから取り寄せてくれた接着剤で、無事に付いた。よかった、本当に良かった。
いつまで、もつかわからないって言われたけど、取りあえず、まとまった収入ができた後まで保ってくれればOK。
しっかし、なんでペットボトルのキャップを、歯なんかで開けようとしたんだか。
まかりまちがったら、1本10万の歯を作り直すことになるところだった。
恐ろしいことだ。開けにくくても、ペットボトルの蓋は手で開けましょう。
でも、他に1本見つかった虫歯は・・・そのままにすることになった。
なまじ今削ってしまって、歯の弱いところが丸出しになった状態にするのは、止めておきましょうということになった。
そう、今回の診療は、前回の予約が噴火で延びたため、今日になったのだ。
この次の診療が、予約通り確実にできる保障なんてないのだから。
うーーん。虫歯が進まない内に治療できますように。
夜、1本10万の歯代が浮いたことを祝って、それから明日からお客さんが続くのを祝って、久々に坪田の焼き肉屋孔雀へ。
いつもの夏だったら、予約も入らないほど混んでいるけれど、今日は入れた。
やはり、お客は少なく、困っているという。
ここの焼き肉は絶品。星の数ほど店がある東京でも、例えここの倍払っても、これほど美味しい肉とビビンバはない!断言できる。
肉の上に青味でのってくるあしたばも、サッと焼いて塩で食べると本当に美味しい。
あしたばの直火焼きなんて、ここでしか食べられないから、なお美味しい。
他の人が食べてるかどうかは、わからないけど。
隠れた1品は、「イカキムチ」これは、イカの塩辛のキムチ版といえばいいのだろうか。よくわからないけれど、ここでしか食べられないので、これもはずせない。
店の小上がりの窓にかかったレースのカーテンを、網戸ごしに、秋の夜の風が揺らす。
ほんの少し前、利八屋さんに買い物に行った時、強いハレーションを起こしたような日差しと溶けそうな暑さの中で、おばあちゃんと1つのかき氷を分けてもらって口に含んだのが、遠い日のことのようだ。
あの時、おばあちゃんは、どうなってしまうんだろうかと、不安でいっぱいだったけれど、こうして季節は巡って、次の日がくる。
夏が終わってしまって、今年の稼ぎはなくなってしまったけれど、 ダイビングのお客も、いつ復活するかわからないけれど、それでも、しぶとくやっていく術をたぐっていかなければ。
がんばってお客を呼んで、また来月も孔雀に来れますように。
がんばってお客をたくさん入れて、毎日のように買い物に行けますように。
明日からのお客さん達に、満足してもらえるように。
そう願って、乾杯。
焼き肉を食べながら、奥さんとおしゃべり。
客が来なくて大変なのは、自営業の共通の話題。
噴火のことも、神着で話されていることと、坪田で話されていることは、微妙に違っていておもしろい。噴火前には、とてもじゃないけど言えなかったけれど、去年頃から、ひそひそ話されていた「高校の裏の竹藪の地面が熱い」話があって、次の噴火は坪田だって言うから、心配してたんだけど、それははずれてよかった。坪田が噴火して何が困るって、
孔雀に来れなくなったら、我が家、というか、私にとっては、それは、本当に大変なことだ。
まあ、「地面が熱い」話の後には、続きがあって、「地面が熱いから、苦竹が掘る前から茹だってていいぞ。」なんて話だから、はずれて当然だね。そんなことも話した。
帰りに、たくさんのおまけをしてもらった上に、秘伝「イカキムチ」を1瓶もらった。
ををを。これで、家でイカキムチが食べられる!
明日は、1合多くご飯を炊こう。全部私が食べそうだ。
家に戻ると、いつもの年に比べれば、格段少ないけれど、虫が鳴いていた。
一時期は、全くなかったのに。
そういえば、今年は、蝉ってどうしているんだろう。
地面から出てこようと思ったら、灰で押し戻されちゃったのかも。
7年後の夏は、もしかしたら、蝉が出てこないかもしれないな、なんて事を考えた。
明日からは、10人には及ばないけれど、少しまとまったお客が来る。
がんばろう。
(野田理恵)