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三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること野田理恵(のだりえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
   

30 さようなら

  主人が朝迎え。今日から、先日に続いて1泊2日の仕事での来島のお客様。
まずまずの天気で、本当は、ゆっくり海を見せたいような、そんな海況。
朝食が終わると、今回もまた、荷物を全部持っていただいて仕事への出発となる。
出がけに、「今日また会えますように!」と、行ってらっしゃいのあいさつ。
それは、今日突然噴かないで、無事お仕事を終えて、ここに帰ってきてゆっくり夕飯が食べられますように、との願い。
  朝食の片づけと共に夕食のあらかたの準備をつけ終えて、自宅側に戻る。
猫たちは、主人に、もう一度ブラシをかけられていた。
これで、実は、異常に毛が抜けることを、しばらくはごまかせるかな。
 
船の欠航もなく・・・時間だけ、とつとつと過ぎる。
夏の名残のような、白っぽい日差しが自宅の猫がいる部屋に充満している。
キャリイに入っている時間はなるべく短い方がいいので、ぎりぎりまで家で粘る。
でも、そこいって30分の差は、あまり関係ないのかもしれない。
主人は身支度を整え、妹とも連絡が取れ、実家にお願いの電話をし、猫をそれぞれキャリイに入れた。慣れたのか、何かをわかっているのか、 2人とも、すんなり入ってゆく。
それでも、1匹を1つのキャリイに入れると、いつも2匹一緒だから不安なのかにゃぁにゃあ鳴きっぱなしになる。

船に乗ったら、鳴くんだろうな。今日は、きっと、ずっと鳴きっぱなしだろう。

帰りに私が買い物をする都合で、軽の弁当箱(軽のワンボックス車のこと) で出発。人見知りの激しいみーちゃんのキャリイの方を膝に抱える。
秋とは言えない、夏のほこりっぽい都道を港まで行く。

港に着き駐車場に止めて、キャリイ越しに猫の様子を見る。
私がのぞく方に、なぜか必ず尻がある。キャリイの戸を開けて、 猫の頭と背中の感触をもう一度確かめる。みーちゃんとまーちゃんは、見た目は全く同じに見えるらしいけれど、私にとっては、全く別。毛の手触りも、違う。
なぜ、こっちを向いてくれないのだろう。

港には、人が少なすぎて、夏の景色ではないみたい。
人の少なさと、日差しの強さ、肌に感じる温度がちぐはぐな感じがする。
船に乗り込む人は、年寄りが多いような気がする。
ここ何日か、島外避難する人が増えたという。
が、テレビでそういう割には、実感がない。
もともと家が、野中の一軒家だからかもしれない。

キャリイの扉を閉めて、不意に開かないようにロックを確かめた。
人が船に乗り始めた。待っている人々の列は、あっという間にタラップの方に消えた。主人は、荷物のカバンを背負って、キャリイを左手と右手に持って、船の方に向かった。私は車のドアを閉めて、ついていった。

ほこりっぽい桟橋、タラップのそばには、いつものようにお巡りさんと船の人。
もやがかかったように見える。海も空も、青く見えるけれど、
タラップまでがぼやけて見える。夢の中のような気がする。

少し離れると、キャリイはただのカバンに見える。
あの中にみーちゃんとまーちゃんが入っているとは思えない。
タラップをわたって、船の入り口で、主人だけがこっちを振り向いた。
キャリイは重すぎて、持ち上げて私の方には見せられないだろう。
猫が周囲に迷惑にならない場所を確保するために、主人はすぐに船に入っていった。

なかなかはずされなかった船のロープが桟橋からはずされ、船が桟橋から離れていった。三宅島との距離が、1m、2mと離れていった。
船が離れた分、猫達は安全になる。
船はいつも通りのスピードで小さくなった。

全て、終わった。

これで、心に重くのしかかっていたものがなくなった。
同時に、大気圧も重力も全部なくなってしまったような気がする。
心も体も粉々になって空中分解してしまったような気がする。

車のエンジンをかけ、これからやることを確認する。
そう、このまま買い物に行って、三宅で、今日一番美味しい刺身を買う。
三宅が、噴火していても、良い所だと知ってもらうために、島のもので美味しい夕食を作ろう。
主人が帰ってくる明日の明け方まで、私がひとりで、お客さんの安全と、家のことを守らなくてはならない。今、噴いても大丈夫なように、早く家に帰ろう。
運転中は車の窓は全開にして、防災無線を聞き逃さないように。

でも、もう、いいんだ。今、どんなにすごい噴火が起きても、もう、いいんだ。本当の気持ちは、もう、何もかも、どうでもよかった。

買い物を済ませ、仕事をあらかた終え、お客様の帰りを待つだけになった。
自宅側にはいると、がらんとしていた。
全部片づけてしまおう。猫に関するものは、全部。
食器も、あまり気に入ってなかった猫のおもちゃも。
猫の毛も、1本もないように。
避難カーも、猫仕様をやめよう。片づけよう。
その分、人が寝られるようにしよう。もう、全部終わったんだ。

夜、船が竹芝に着く時間、妹と、主人から電話があった。
猫たちは、更に離れ、中央道を西へ向かっていった。

何ごともなく夜が更け、お客さん達は部屋にひきあげ、夜が明けて、港に迎えに行き、船が着き、主人が帰ってきた。
お客さんに朝食を供し、無事に東京にお帰しできることにホッとした。
主人は坪田の灰下ろしに出かけた。

避難カーの猫のために敷いたゴムシートの上に、猫のひげが1本落ちていた。
捨てる気になれず、紙に包んで事務所の机の引き出しにしまった。
いつか、包みを開けて、「猫を飼っていたこともあったっけ。」と、ただ懐かしく思う日がくるのだろうか。
「なんでこんなもんを大事にとっておいたのかな?」と思う日がくるのだろうか。

避難カーも、本当に必要なものといらないものを、もう一度、確認し直そうとか、猫がいなくなったから、窓を大きく開けて掃除をしようとか、いろいろ予定はあったけれど、もう全てが必要のないことのように思える。
 

(野田理恵)

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