三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること
野田理恵
(のだ りえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
29 決断
少し前まで、夜になると、「今日も無事終わった。」と、単純に思ったが、最近は、「今日」が「項目」単位になってきた。
「大きな低気圧は来そうにないから、泥流避難は明後日までは大丈夫そう。」
「無事風呂に入れた。髪も洗えた。」「断水も停電も避難もなく、ご飯が炊けた。」
「ああ、夜中に何もなく朝が来た。」
一事が万事この調子。
だが、猫たちの顔を見ると「できた」ではなく、「いつまで大丈夫なのか?」
という焦りしか浮かばない。
「大丈夫」のためには、今一瞬でさえ、一緒にいてはいけないのだ。
一緒にいたいという気持ちが、いずれこの猫たちの命を奪うことになるかもしれない。
本当に幸いなことに、実家で猫を預かってもらえることになった。
とはいうものの、実家には、既に病弱な猫を飼っている。
「いつまで」がわからない迷惑をかけることになる。心配がないわけではない。
ポツリ、ポツリと出てくる小さな心配が、これまで踏み切れなかった理由だ。
できるだけ一緒にいたかった。
避難所で、期間がどれほど長くても、安心して一緒にいられる保障があれば。
突然島外に避難になったときに、必ず一緒に避難できる保障があれば。
私が外出しているときに噴かない保障があれば。
そんな保障など、どれほど願ってもかなわない。
これまで、何回、血を吐くほど念じたか、願ったか。
このごろ、猫たちの方がこちらの顔をじっと見ていることが多くなった。
私が泣き始めると、そっぽを向く。
涙をザラザラの舌で舐めてくれる、なんて事は全くない。
その様子は、「泣いてたって、何も解決しやしないんだよ。」と言いたげだ。
そう。いくら泣いても願っても、何も解決しない。
船は1日に1便しかない。もう1便分、この苦しい思いをやり過ごせば、噴火が終わる、そんな希望は、もう、これっぽっちも浮かんでこない。
現実は、1便逃せば、危険度が高まるだけだ。
さよならだ。 父も母も、娘には厳しかったけれど、私が子供の頃に拾ってきた猫には甘かった。大事にして甘やかして、17年もの長寿をまっとうさせた。
だから、大丈夫。
まーちゃんもみーちゃんも、私だけに見せた仕草も、私の号令だけに従った芸も、好きだった缶詰も、この家のお気に入りの場所も、預け先の居心地の良さに、あっという間に忘れてしまうだろう。
次に会うときは、私との7年間を、全部忘れているだろう。
全部忘れられても、私のエゴで、危険にさらして命を奪う結果になるよりは、その方がずっといい。
さよならだ。明日の船に乗せる。
仕事のお客さんがいるから、私は東京へは行かない。
船には主人が乗っていくことに。竹芝に、今日ヘリで往復した妹夫婦が迎えに来てくれることになった。主人はそこで、猫たちを引き渡し、そのまま船に乗ってとんぼ返りに帰ってくる。
妹夫婦が、私の実家に猫を届けてくれる・・・。
これ以上、恵まれた話なんて、どこにもない。こんなに良い話は、どこにもない。
島中の猫や犬を飼っている人達には、聞かせられない。
こんなに幸せな話はないのだから。
夜中に猫の出かける支度を整える。特別に部屋の中でブラシがけ。
特別の時にしかあげない缶詰を食べさせて、一番新しいカリカリの封を切った。
好物の缶詰を袋に詰める。避難カーに積んであった、猫用のリードとマタタビ。
トイレシーツ。ブラシ。
オキミクラの脇の坂の真ん中に、まるで綿ゴミのように丸くなってクースカ寝ていたのが始まり。私が風呂から上がったら、風呂場の前で冷凍のグラタンの中袋に首を突っ込んで、窒息して倒れていたこと、
重い玄関のドアに尻尾を挟んで、気絶したこと、
獣医のない島だから、人間の体温計を使って、人間の薬を削って舐めさせて病気を乗り切ったこと、
おはぎとトウモロコシが刺身よりも好きだったこと、
でも、買ってきたあんパンのあんこは食べないこと、
猫らしからぬ、でも私にしか見せない数々の芸・・・。
全部消えてしまう。それでも。
猫でよかった。犬は飼い主に忠実だから、こういう時、辛いだろう。
さよなら。東京には美味しいものがたくさんあるし、獣医さんもいる。
厳しかった私と同じ人間とは思えないほど、大事にしてくれる人がいる。
ここで一緒にいるよりは、かならず幸せになれるから。
もう今から、あなた達を撫でたりしない。必要以外触らない。
肉球をさわるのも、爪を切るときだけ。
膝に乗ってくるから、座らない。すり寄ってくるから、同じ部屋に入らない。
何をしたって、忘れることなどできないけれど。
ごめん。苦しかったんだ。もう、疲れてしまったんだ。
どうしたって、どれほど考えたって、ここに一緒にいる以上、守り抜くことができない。私には、できないんだ。
明日の船が来るまで、あと、12時間あまり。
もしその間に、大きな噴火が来たら、本当の最後まで一緒にいる。
私は避難所には行かない。でもたぶん、噴火はしないよ。
あなた達は、東京で幸せになる運命だったんだと思う。
あの坂道で、会ったときから。
(野田理恵)