三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること
野田理恵
(のだ りえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
28 我が妹、飛来
1泊2日のお客様の滞在が、これほど長く感じたことはなかった。
無事に東京に返すことができた。大人しくしていてくれた雄山に感謝。
気が抜けまくりの夜、妹から電話。
「お姉?私、明日ねー、三宅に行くから。」
はぁ?また、こんな時に、いったいどうした?
こっちは気が抜けてしまっているので、何がなにやら。
「行くには行くんだけど、たぶんね、会えないと思う。
会えれば、まーちゃん達、連れて帰れるんだけど。」
わざわざ三宅に来るのに、会わずに帰るなんて、ずいぶん冷たいな。
「どういうこと?」と聞いた。
「あのねー、三宅の特養とかに入っている高齢者を、ヘリコプターで搬送するの、私、そのヘリに乗ってくから。たぶん空港からは出られないから。乗せたらすぐに東京に戻って、病院まで行くんだよ。」
うひょー。たまげた。そうだ、妹は、ああ見えても、東京都の職員様。
ヘリに乗ってくるだぁ?いいのか?あんたが乗ってしまって。
たしかに子供の頃から乗り物酔いには強かったっけ。
いや、そういう問題じゃないか。
明日朝早く東京を離陸して、昼前には三宅を離陸するのだそうだ。
あー、びっくり。本当なのか。すごいなぁ。
もう、すごいとしか言いようがない。びっくりして、目が冴えてしまった。
明日は、しっかり早起きして、空港に見に行こう。
なんだか、どきどきして、うまく寝付けなかった。
私がどきどきしたって、しょうがないんだけど。
朝。なんと、噴火、坪田に降灰だ。かなり量があるらしい。
飛行機は欠航、といっても、ヘリが空港を占領する予定なのだろうから、はじめから欠航なのかもしれない。それとも、ヘリぐらいだったら、脇に停まっていても、来るときは来るのだろうか。
今日の欠航理由は、「降灰除去・空港整備の為」だそうだ。
天気も悪いので、違うかもしれない。
そうなると、ヘリは本当に来るのだろうか。
妹は、既に家を出て、東京のどこかのヘリポートの方に向かっているであろう。
今ケータイに電話して、「今日飛ぶの?」なんて聞いたら、怒られること間違いなし。
ところが「ヘリは来る」という話を聞いたので、慌てて空港に出発した。
三池は、相変わらず下水のような変な匂いが所々で漂っている。
役場前にさしかかると、かなりの灰が降ったことがわかった。
空港には、たくさんの人がいた。今日ヘリに乗っていく人の家族だ。
自分では思うように動けない、あるいは、具合の良くない高齢者と一緒に、これまでの噴火生活を乗り越えてきた人々。
年寄り達は、東京に行きたくないと泣く人もいるという。
今までずっと支え続けていた家族も、離れたくない気持ち、申し訳ないという気持ち、でも、もうこれ以上一緒にいたら、共に危険だという現実・・・。
この場に来て、今更ながら、その事に気がついた。
妹がヘリに乗ってくる、なんて、単純に喜んで、ここに来たことを、申し訳なく思った。
予定より少し遅れて、鉛色の空に、小さく赤い点が見えた。
それが、搬送ヘリだった。着陸態勢に入って、よく見えるようになった。
真っ赤だ。これまで、ずいぶん、海上保安庁とか、マスコミ各社とかのヘリを見てきたから、真っ赤というのは意外だった。消防庁だからなのかな。
空港の待合いロビーから一生懸命に見ていたが、1台目のヘリには、妹らしい姿は見えなかった。でも、そうかもしれないという目で見ると、みんな妹に見えたりもする。私の目も、結構、適当なもんだ。
しばらくすると、また空に赤い点が見えて、2台目が来たことがわかった。
空港に正面から入ってきて、その中で、誰かが手を振っている。
何か作業をしているのではなく、こちらに手を振っている。
ヘリが、ふわんふわんと、独特の着陸をして、ドアが開いたら、2人目の人が、手を振りながら、でも、思いっきり急いで、降りてきた。
げ。あれが、妹だ。
妹は、子供の頃から小さくて、子供の頃から大きかった私と比べると、小さくってかわいい。が、灰が舞い上がり、轟音が響く空港に降り立つと、そんなに小さくは見えなかった。ヘリの羽が止まらなくて、その風で、吹き飛ばされちゃうんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。こっちに向かって思いっきり手を振りはじめたらどうしようかと思ったけれど、舞い上がる灰で、時々ヘリの赤い機体もかすむ位なので、そんな余裕はなさそうだ。
ヘリに乗り込む人達が次々に連れられてくる。車椅子に乗っている人もいれば、寝台に乗っている人もいる。寝台に乗っている人は、雄山が見えるだろうか。
山と反対側に広がる海が見えるだろうか。鉛色の曇り空しか見えないのではないだろうか。せめて、いつもの、島の抜けるような青空が広がっていればよかったのに。
ぱっと来て、サッと帰る、といっていたが、やっぱり、そういうわけには行かないらしい。降ったばかりの灰がもうもうと舞い上がる中で、妹は、なぜか村長の隣に立って、風と灰と爆音を、もろに浴びている。
いったい何やってるんだ?というかその、村長は中に入るとか、もうちょっとマシな場所で、待っていればいいのに。
と、そんなとき、先に着陸したヘリが、なにやら怪しいことを始めた。
羽の付け根部分、屋根の一部をはずして、機体整備。
あんな所がはずれるのかぁ、と思ってみていたけれど、これがなかなか終わらない。よほど調子悪かったんだろうか、それとも、灰が入って本格的に壊れちゃったんだろうかと、心配になる。
これから、みんな乗せて飛び立って東京に行くわけで・・・大丈夫だから、見えるところでやっているんだろうけれど、うーーん。
それにしても、ヘリの屋根っていうか、外側って、クレーンとか、そういう大がかりな機械がなくても、はずせるんだ。
最初からちゃんと見えていたわけではないけど、もしかして、手ではずせるのかも。
ずいぶん、長い時間が経ったように思えたけれど、人がどんどん乗せられいって、1機に、あんなにたくさん乗せられるのか、なんて思ったりしている内に、急に動きが慌ただしくなった。
屋根をはずされていた1機も、いつの間にか元通りの姿になっていて絶好調で羽が回り始めていた。
「もう出発だよ。」見送る人が、涙をためながら言う。
ヘリのそばまで付き添った人も、空港ロビーの方に来はじめた。
妹は、ちょっとこちらを振り向いて、一瞬視線を泳がせて、お辞儀をするような素振りを見せて、ヘリの中に吸い込まれていった。
ヘリは、そのあとしばらく着陸したまま羽を回して、やがて、羽が見えないくらい本気で回し始めたら、ふわーっと浮き上がり空港のロビーの窓から見送る人と機内にいる人を思いやるかのように、ゆっくり低く旋回して、鉛色の空の赤い点となり、消えていった。
私は、「ヘリって、飛ぶときは、羽の旋回が見えなくなるんだ。」
などと、よく考えれば当たり前のことを思っていた。
妹のヘリも同じように飛んでいく。空港の外に出て、フェンス越しに見送った。
家族を見送る人達の、悲痛な思いで、空気が張り裂けそうなロビーの中にいられなかったから。
ずいぶん少なくはなったが、砂利のような降灰がまだ残る空港前の道路。
家への帰り道に思う。
「人を島外に搬出することでさえ、こんなにも大変なんだ。」と。
単純に島から出ることだけではない。出た後、どこで落ち着けるのかの問題があるからだ。
東京の問題だけでなく、特養等の空きがないことは、日本中の問題。今日、ヘリに乗っていった人達も、東京の病院や特養などの受け入れ施設で、ようやく空きをつくって、と聞いた。
だから、当然、1カ所ではない。東京のあちこちに振り分けられることになるのだろう。
少し前にこの話を聞いたときは、「やったー!よかったなぁ。」なんて、単純に思っていた。でも、よく考えてみれば、いろいろな方面の尽力があってのこと。いろんな事情を乗り越えてのこと。
「人でさえ、大変だったんだ。」心に重くのしかかった。
猫の安全のことなど、口に出せなくなる時が来ているのかもしれない。
三池は、最近臭い。灰が下水に溜まってしまったのだろうか。
大坂を下りながら、昔働いていた店の建物を見やる。
あの建物の浄化槽が迷惑をかけているのでなければいいが・・・。
もちろん、そんな1軒の浄化槽だけで、三池全体が臭くなるとは思えないけれど。
ヨーコさんの店の前に、土嚢袋に上手に挟んだ白い板に、「がんばれ三宅島」の文字。それを写真に撮ろうと、三松屋さんの家の椿の垣根の前に車を停めた。
助手席から、何気なく椿の葉を見ていて、変なものを発見した。
椿の葉は、全体的に、塗料を吹き付けたように灰が付着しているものが多いけれど、その中に、葉っぱに穴があいていて、その穴に、ちょうどの大きさの、小さな石がはまっている。たくさんはないけれど、ざっと見ただけで5つぐらいはある。石の大きさは、どれも5ミリ以下、誰かが葉っぱにはめたとはちょっと思えない。石がはまっている穴の断面も、枯れたり黄変はしていなくて、割にフレッシュ。
ちょっと見ただけでは、石が葉っぱに刺さったように見える。
いや、現実的ではないけれど、そうとしか見えなかった。
家にたどり着く。明日から、またお客さんが入る。
その準備。1週間前、大きな噴火があった。次の噴火は、そろそろかもしれない。
11日周期説。清漁さんが魚を開くと説。土屋の若旦那が商工会を訪れると説。
私が歯医者に行くと説。1番目と4番目は、今回は該当しない。
私と2匹は、もう何日か、生き延びられるだろうか。
(野田理恵)