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みゃるの避難日記 三宅島から遠く離れて

1-2.6月26日の夜

 


22:30すぎ、夫が帰ってきた。
「避難所、まだ、そんなに人がいないよ。知ってる人ばかりで、神着の俺がなんでいるのか、変だから、あんまり撮れなかった。」
そりゃそうだ。ここ、神着きは、三宅の中では、厳寒の地で、『なんでそんなところに家建てた』と、言われているが、過去、噴火はない。
避難所になることはあっても、避難所にいたら変だ。
 数枚の写真を新聞社に送りつつ、自分のHPの作業をしている。
かかってくる電話の内容が、22時過ぎ頃から変わってきた。
とりあえずのお見舞いが少なくなった。マスコミの方は、最初「画像を送れ」ばかりだったのが、「明日から泊めろ」が出始めた。
泊めろって、今日、東海汽船でるのかいな?どうやって来るのだろう。それより、泊めていいのかな?
宿泊の方は、ペンディングにしておく。
 映像依頼の方も、結構無茶苦茶な要求がある。
家がどんなところだかわかってるのか?
せめて三宅の地図ぐらい見ながら電話かけてよ。
外の様子どうですかって、家は1軒屋。四方をどれだけ見渡しても、自分の家に関係ない人工建造物はひとつも見えないんです。はぁ。
自分の家が、三宅の中でもど田舎な事を実感。
 坪田の避難が始まった。坪田?ここではじめて、少しだけ危機感を感じた。
確かに、昨年あたりから、今度の噴火は坪田だ、という話はちょくちょく聞いた。
やばい。行きつけの焼き肉屋さんが心配。
 それにしても伊ヶ谷も避難しているって、どっちに流れるかわからないからなのか。
伊ヶ谷も、過去噴火被害の話は聞かない。
 家の外で、何が起きているのかわからない。観光協会に電話する、当然いない。
他のショップはどうしているんだろう。
今日、海で、他のショップに会わなかったという。
でも、まさか、家以外に観光客が全くいないことはあり得ない。
噴火が近いとはいうものの、観光協会からは、このときの対策を、どうすべきか、という通知はなかった。お盆とかだったら、すでにパニックが起きていただろう。
いや、2日前の土曜日の晩でなくて良かった。
 テレビでの大騒ぎと、この家の中の、のほほんさのギャップが激しい。
いつもと違うのは、電話だけ。これもキャッチ、キャッチで取っていくので、ベルの音がしない。私が話し続けているだけ。
お客さんは、テレビに飽きて、寝てしまった。いいんだろうか、寝かしちゃって。
でも、起きていても仕方がない。そうだ、凍死する訳じゃないんだから、眠れるときに寝ておいてもらった方がいい。
 写真の送信がうまくいかなくなってきた。送信中に電話がかかってきて止まってしまう。また送信、また電話。
 程なく、HPの方が開けなくなってきた。ものすごいカウンターの上がり方。
掲示板の書き込み。どれが「荒らし」の書き込みかわからないほどの量と内容。
とうとう、ネットが繋がらなくなった。メールも出せない。
 23時過ぎ、普段と違うヘリの爆音。どうも上空を旋回しているのか、音が遠くなったり近くなったり。近いときは、墜落するのか?と思うほど。
 27日0時近く、やっと写真の送信が終わった。が、その前に、テレビでは、動画がでていた。不思議だった。どうしてだろう。写真、無駄だったかもしれない。
 テレビ放送が、テニスの中継に変わった頃、通信状態がウソのように良くなった。
上空で響く爆音だけが、何か起きていることを教えてくれている。
トランシーバーを合わせると、三宅空港に入るため、どうも上空で行列を作って着陸を待っているらしい。とりあえず、定期船はでている。
お客さん達をどうすべきか。早朝始発の八丈行きに乗せるべきか。それによって、こちらの支度が変わる。ま、米は多めに炊いておこう。
何があっても、ここで先立つものは、ごはんだ。
ごはんさえあれば、弁当も作れる。
 そのほか、いつもと変わらぬ準備をし、入浴して床についたのが2時近く。
3時近く、電話。「これから三宅入りするので、車を貸してくれないか。」
えー!いったいどうやってくるの?東海汽船じゃないらしい。泳いでくるのか?
夫が迎えに行くことになる。
外の大騒ぎに引きずられたまま、夜が明けた。眠い。いい天気だ。なんなんだ。
外にでても、いつも通り。鳥の声しかしない。
    

 
 
(野田理恵)
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