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三七山の直線道路、建材のあたりは、ものすごいことになっていた。
パイロンとバリケードごしには、なかなか見えない、皮肉なことに、テレビのニュース映像で知った。
私にとって、不思議な空間だった椎取様は、なぜ、そうなってしまったのか、わからない様相になっていた。
鳥居の半分の高さまで、泥流で埋まっていた。
お宮の庇がかろうじて見えた。
椎取様が、村の人に被害が及ばないよう、身代わりになってくれたようで、涙が止まらなかった。
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泥流で埋まった椎取神社
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4日の夜、商工会で、火山学の学者による、火山の勉強会が開かれた。
その場に住みながら、雄山や、泥流で被害のでた地域に立ち入ることも見ることもできない島の人に、東京の学者が、山の様子を見せて教える、
というのは、なんだか変な気もしていた。
でも、実際勉強会に出てみたら、これはとても、普通の人が見に行ったりできる状態ではないことがわかった。
勉強会での島の人達の様子は、やはり、今までの噴火と全く違うことへの戸惑いが、はっきり現れていた。
質問も、勉強会の内容ではなく、「これまでの噴火は、こうだった。」という経験談に基づくものばかり。
頼みにしていた、村議さんの質問も、自分の家の周囲の心配ばかりで、島全体をどうしたら、といった言葉は、ひとつもなかった。
度重なる噴火の経験が、三宅の噴火災害の被害を小さくしていると思っていたが、過去の経験が、新たな事象に対峙する際に、弊害になることもあるのかもしれない。
ともあれ、勉強会ができたということは、喜ばしい限り。
5日、6日、連続して、お客さん。
宿泊はないので、民宿部担当の私の出番は、あまりなし。
ちょっと寂しいけれど、少しでも自分の仕事ができるのは、幸せ。
そして、なんと驚き!!!
御子敷にある「逢の浜の湯」、泥流と降灰から復活!!!なんと開業した。
道路の上から、女湯がのぞけるとか、露天風呂が気持ちいいとか、カレーライスが美味しいとか、いろんな話を聞くばかりで、私は一度も行ったことがなかった。行けない内に、噴火騒ぎになって、被害の最もひどい所になってしまって、とうとう、行けなかった、と思っていたのに。
まさか営業再開とは。
これで、お客さんがいつ来ても、つれていける。
良かった。
(15-2へつづく)
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