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みゃるの避難日記 三宅島から遠く離れて
三宅島・雄山の噴火で火砕流の被害にあった神着地区にあるペンション、SNAPPERSを (スナッパース)ご主人と経営されている、みゃること野田理恵(のだ りえ)さん。 ペンションが火砕流に直撃されるという予期せぬ災害にあって、その状況を冷静に インターネットで発信し続けたみゃるさんに、雄山での出来事を綴っていただきます。
   

11. 海底の火山灰

 


7月22日(土)
島に住んでいるお客さんのダイビングの講習をやる。
海では、ダイビングの客に会うこともなく、真夏の大久保は間は、観光客もいなかったそうだ。

海底には、覚悟したとおり、少なからず火山灰があったそうだ。
水中を舞っているのではなく、海底に沈んでいるようだが、容易に舞い上がる。生物が死に絶えている、という様子は、見あたらなかったようだが、影響がどれほどなのか、今まで観測できていないということは、わからないかもしれない。





 

 


真夏の景色の中に、お客さんが少なくて、こんな風に、のんびり、仕事をすることなど、今までになかった。
お昼ご飯ひとつにしても、夏場は、食数が多く、お弁当が続く。
毎朝毎朝、40近くお弁当を作るわけだが、今年は、それがない。
昼食は、冷たく冷やして、天ぷらも付けた麺類とか、混ぜご飯とか、少々凝ったものになる。 

あれは、6月だっただろうか。
一度注文すると莫大な数が来る、お弁当箱の注文を、どのタイミングでするか、考えたことがあった。
残りが、300を切ったら、合宿が続く7月に入ってからでは間に合わない。
弁当箱を眺めながら、考えていたとき、ふと頭をかすめた思いがあった。

「いつか、このお弁当箱を使わなくなる、『終わりの時』がくる。必ず来るその時は、いったいどんな終わり方なのだろう?」
今、思えば、なんで、そんなことが思い浮かんだのだろう。
わずか数週間後の今、弁当箱を注文する必要もなくなり、残りが僅かだったはずなのに、使われる当てがなくなった途端、「僅か」ではなく「大量」になってしまった。

今って、あのとき、よぎった、『終わり』なのだろうか。
それとも、ただの中断なのだろうか。

 

(野田理恵)

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