三宅島噴火災害報告集会 -現行法の盲点と三宅村の存続-
開催日時:12月8日(金)14時〜17時
開催場所: 衆議院第二議員会館 第一会議室


<参考>配布資料  
秋川学校関係資料11ページ(一部)
池田雅彦「秋川における三宅高校の現状」
被災者支援会議関係資料2ページ *
5.三宅村の存続(教育・集中居住・支援会議) 
(若竹)院内集会の次の予定は今のところないので、今のうちに発言を!
ただいま14:50頃
質問
 早川予想について、今まで20年周期で噴火していたが、20年後噴火がないと考えての予想か?

早川さん回答
これから50年くらいずっと噴火するかな?・・・8月予想  20年おき噴火はもう来ない、今度は形の違う噴火がくる。 例:桜島は1945年から毎週噴火している、その5Km先に鹿児島市という50万人都市がある。

<三宅村存続の話題>
発言者:池田教諭・佐久間村議・社協三谷
三宅高校池田:
 三宅高校の人間としてではなく、1教員として意見を述べさせて頂く。

家西氏が、退席せねばならなくなったので、途中中断
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民主党家西氏(衆議院):〜胸にレッドリボンをつけて出席〜
HIVの訴訟問題で議員になった方(自身も被害者)
 薬害エイズの被害者・当事者として、原告団の人間として動いたことがある。エイズの裁判と形ちが
えど、救われないことに放っておけない。
#10月に若竹・青山が訪問した〜院内集会を持ってみんなに知ってもらおう。
#三宅で見えないからいいわけではない〜こういう場で議論して知ってもらい、都だけでなく国レベル
で何ができるのか議論しなければならないのではないか?
 声を出すことが大事、「こんな事態だから手をさしのべて欲しい」という形にすべき。自分らのふる
さとに帰れるかどうかが心配だが、こんな時こそ政治がみんなを支えて前に進まねばならない。
 自分自身、こういう立場だけに、みんなへの恩返しを兼ねて力になりたい。
みんなにこういうことがあるんだ!ということをわかってもらおう、ということでやることにしました。
一緒に前に進むことができればと思います。

###緊急呼び出しにより、ここで退出された。
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(池田さん続き)
学校では、全員疎開という言葉を使っていた。
学校環境そのものが危なかった。
このままでは日常的な教育はできないという判断で、「疎開」することになった。
「寮生活」というものが必要だと思いました。
その後、全島避難、保護者も都内へ。
2ヶ月程度と聞いていたのに、結局いまだ寮生活をしている。
プライバシーは保護されていません。
 噴火でスクールバスが運行できない・・・などの事態から秋川に行く形を採ることになったと思う。
生徒たちだけ内地につれてきて集団疎開する、当初の集団合宿は正しかったと思う、が、保護者と離れ
ばなれになり、保護者も内地に来るようになり、1箇月くらいの見通しが今の今までになってのびて、
高校生は4〜5人で1室、長期化によってプライバシーが保たれない・・・これに生徒全員が耐えられ
ているわけではない。寮を出ると交通費がかかるので、仕方なく寮に住んでいる。
 せめて寮を1室2人くらいに、あるいは交通機関による通学を図っていけないか?今まで耐えてこれ
たのは三宅の地域で育って、多くの人の力を借りてきたからだろう。神着の太鼓、伊豆の太鼓・・・
etcを受けている。・・・・・・・
 三宅の人たちと一緒に生活できる環境が必要。
 三宅学校が魅力ある学校になるように今後も努力する。

社協三谷:(先ほどの話の続き)

 三宅村は東京一広い地域になってしまった。1日で1〜2件しか回れない。介護プランをきちっとサ
ポートしきれない。三宅の要介護者たちは三宅社協の方々に(少なくとも初期は)やってもらいたいと
思っている。・・・が、自分たちもずっとやっていては自分たちも破綻してしまう。それで地域の人に
引き継がざるを得ないが、お年寄りたちが「三谷さんに捨てられた」という思いを持ちかねない。お年
寄りがまとまって住めればorみんなの所に来れればいいと思う。島の方々の思い「もう帰れない」「絶
対帰るぞ」などさまざま、そんな思いを交換できるようにしたい。

佐久間村議発言
 2月の村議会選挙以降、マイクを持つのが久々である。
 村議であるが、1人の被災者であり、また親である。 一人の被災者、保護者として発言します。
先日まで秋川に子どもを預けていた。先週まで子供二人が寮生活でした。
小学校について主に話したいと思います。
議員という職柄、あまり話がうまくないので、自分の話の10倍過酷だと思って欲しい。
 6月26日から噴火災害と認定されている。
子供たちは前の噴火の時に生まれていないので、今回の噴火が初めてである。今回のを過酷な噴火と取
るかどうか・・・少なくとも幼少の子たちには「あってはならない」負担を強いている。
 小学校1〜2年はもう半数を切ってしまった。自分が2年の子を引き取る時には8人しか残っていな
かった。学期末でまた2人減る。
村長は「小学校のつながりを三宅島民のつながりとしたい」・・・これは間違いである。本来、災害であるから許されない問題と災害であっても許されない問題があるが、子どもは生を受けたものにとってかけがえのないものである。社会の一番基本となる子供たちの感情を無視して親たちが寮生活を強制している
ことに憤りを感じる。
 10月中、18日間、南大沢から1時間あまりの秋川高校まで通った。秋川では先生のような環境に
置かれているように感じた。マスコミは「子ども頑張っています」のような、断片報道しか見えていな
い。子供たちの瞳の奥の苦しみにみんな気づいて欲しい!
 佐久間さんは子供たちを秋川に人質として置いていたが、ずっと「帰りたい」コールを受けていた。
しばらくして子供たちは「秋川で頑張る」と言った。この日は一日に4回電話をかけてきた。そして、「頑張る」と言った。そしてこの日に子どもを引き取った。子供たちは自分の意志で帰れないことをもう認識している。母親、父親に引き取られるシーンしか見ていない人は、子供たちにとっての1日はより長く、辛い1日は1ヶ月・1年にも感じられる。引き取れない環境下の中にある人がいることを考えると、通学を認めるなどの措置を逐一考えていくべきではないか?
(涙ぐんでいる)
 「村を消滅させるな!」は村人のために言われていることなのだ。
三宅村の存続を考えるなら、まず
秋川の子供たちを引き取るべきだ。
子供がこれからの三宅を担っていくのです。

福島瑞穂議員が若竹さんの隣に現れた。

以後40分、本テーマで討論
阪神の方:
 3850人の問題か?個人支援に重点を置かないとだめだ。全壊500万、半壊250万といった決
定があった。1998年4月の被災者支援法・・・100万人に制限されたが、東京?では、100万
人でも助かれば・・・というのがあった。
 神戸のことから・・・9兆円の金がつぎ込まれているから被災者支援は終わったと言われるが、19
9人の孤独死があった。公共の感覚からすれば復興できた・・・が、市民の立場からすれば済むもので
はない。
 都の対応・・・3850人を600箇所のばらばらにして、義援金12〜13万円を分割して払う
 鳥取の対応・・・災害から10日後に県知事が住民と一体となって復興に取り組む旨を発表した。
 島民の個別の対応をしっかりと考えて頂きたい。
(実は若竹発言の中に予定されていた内容を言われた)
 これから先は公費投入と定期的会議の場が必要だ。


衆議院・山花さん到着

(質疑応答)
災害について個人補償をしないという国の方針を聞くと、個人補償を考えなおさなければならないとい
う提言があった。

福島議員発言
 国会の中では阪神大震災議論があり、きわめて不十分ながら法律ができた。書類一式を準備して届けるようにしたい。

阪神の方
 生活再建支援法?
阿古の住民の津村さん:
 今考えられている支援策というのは今の支援策?それとも帰ってからの支援策?
支援法を現在の避難に弾力的に対応できるのか?それとも帰ってからしか効かないのかをはっきりわか
ればお願いしやすい。
 安心して避難できる状況があることこそ、安心して帰れることを分かって欲しい。
福島さん
 今、区分けをしてないと思う。が、おっしゃる意味は分かるので、今後どうなるのか、整理をしたい
と思う。
山花さん
 同意見
 国会議員は全体で700人以上いるが、国会ではその中の1人にしかならない。うまく議員たちに伝
えて欲しい。

若竹さんより
三宅島噴火災害報告集会 公式掲示板 に書き込まれた 浅川氏@有珠山ネットの意見の紹介
 「国はいつまで三宅村民の支援をするのか、期間を示す必要がある。3が月毎に支援を更新している状
況、雇用側もいつ辞められるか分からない。ある程度長めの設定をして、それで短期で済むならそれで帰ってもよい、と。いつまで(都営住宅などに)いられるのかを示してもらう方がいい。」

早川さん

 9月7日にテレビで聞かれて、10年にもなると答えた。その時にどれだけ伝わったか分からない。
ここで言います。もう帰れないかもしれない。(島民の方々)ここでの生活を確立して下さい。帰れないかもしれないと言っている学者がいることも知っていて欲しい。内地での生活を再建するのに100万円を使って欲しい。
   #この意見に関しては、三宅島噴火災害報告集会 公式掲示板でも取り上げられています。

山川さん(三宅に実家がある):
 阪神淡路では、恒久住宅入居後に支援のお金がもらえるという状況だった。今の都営住宅は仮設なの?避難所なの?私たちとしてはそういうのをきちんと出してもらえれば安心して暮らせる。
阪神淡路の方:
 阪神・淡路の事例は本来の法律ではない。準用である。
国も都も三宅の人には何もやっていない。
「石原は鳥取県知事の爪の垢を煎じて飲め!」
佐久間世話人から:
 この席で提案を求めるのはいいが、その答えを求めるのは控えて欲しい。
これからここで井戸端会議をしてもらいたい、世話人はその進行のためになっているのである。
小金井市議・林さん(インターネット):
1)三宅タウン創設の必要あり
2)???
3)災害発生以前に借りたのは不良債権として処理すべき
4)子どもが親と一緒に住む権利を持たせるべき。
 三宅を現代のポンペイにしてはならない。

Hal. Tさん発言

 今は60条で避難している・・・だから三宅の方々の時間を止めて欲しい。
ここには子供たちがいない、子供たちの意見をとれない。子供たちは秋川で話を聞くと、親の気持ちをくみ取って話してしまう。そこを見過ごさないようにしたい。

若竹さんより三宅島噴火災害報告集会 公式掲示板の紹介
インターネット・ちばさん:
 三宅島にしばらく戻れないのは確か。
戻れる日までのコミュニティーを保つためには1箇所にあつめるべき。
ただし、埋め立て地にキャンプを作ればいいというものではない。
 どうしようもなければ特別立法をもって対応することもできる。

岩田紀子さんの発言

 未就学の子どもを持つ親の立場(3歳の子を持っている)
小さい子たちは多くが集団避難前から母親と自主避難をしている。
三宅では多くの子が保育園に入っていた(保育園しかなかったから、母親が仕事をしていない家でも保
育園に入っていた)。困っていた親たちが自主保育サークル「どるふぃん」を立ち上げたが、これは南
大沢周辺向けである。子供たちをのびのび遊ばせ、お母さん達の話の場にもしている。
 3歳の子が最近、三宅に帰りたいと言っている。小さな子どもでもそんな思いを持っている。
未就学児童の為の”どるふぃん”を立ち上げた。 ビラを配ります。

若竹さん発言
 気軽に何も持たず、夏服のまま外出したのが3ヶ月になってしまった・・・子どもを持つ親や高齢者が引きこもってしまっているのが問題である。これも分散避難が問題である。
三宅島噴火災害はまだ始まったばかり、アピール文を配布させて頂いた。
 
10分間の休憩