三宅島噴火災害報告集会 -現行法の盲点と三宅村の存続-
開催日時:12月8日(金)14時〜17時
開催場所: 衆議院第二議員会館 第一会議室


<参考>配布資料  
室崎益輝「三宅島の被災者の支援について」
福崎博孝「雲仙普賢岳からの提言」
青山敏行「避難生活について」
松下英爾「雲仙島原の経験を三宅島の方へ」
4.全村避難と生活支援制度の充実

青山さんの発表

青山さん
私たちの事情をわかっていただければとおもいます。
神着在住
夏休みの間につまとこどもを岡山に。
噴火が終わらず結局そのまま岡山に。
全島避難から三ヶ月。
生活することができることに、感謝している。
2ヶ月くらいで噴火は終わると認識していたのですが長期化の様相を呈してきました。
避難所生活がもう少し長いほうがよかったかもとおもいます。
そうすれば寂しくなかったように感じます。
島に帰れる見込みがつかない中、三宅島の環境になるべく近づけるようにしたい。
体育館に1月くらいいてから都営住宅に入れてもらえた方がよかった。であれば、周りに島民がいることで島民の 共有する時間があったはず。近所に村役場があった島のように、島民3850人が狭い所集中して住むことが重要だろう。今すぐに集中居住地区に来られない状況の方もいると思うので、役場が近いなど、弾力的な対応 お願いしたい。

1カ所が無理なら、3から5カ所でもいい。
すでにはたらいてるかたもいる。
これらの方の都合もある。もろもろのことを考慮して、柔軟な対応をお願いします。
みなが集まることにより、たすけあえる。
いまは、何か相談するだけで1日かかってしまう。
急な決定で家財道具などなにももちだせませんでした。
避難生活が半年一年と続くにあたり、私たちの体が
もたないかもしれません。
経済的にくるしいです。
島に帰るまで出いいので、利子の救済などおねがいしたい。
家は平気か。
車は。
たたみは。
高温多湿の島で家はしろありにやられていないか。
不安がたくさん。
長崎県では災害対策基金がつくられました。
阪神淡路でも。北海道でも。
三宅島も住民それぞれの事情に合わせた、柔軟な対応をお願いしたいと思います。
助けてくれた皆様に感謝します。
これからも温かい目で見守ってください。

●若竹さんよりメッセージ紹介

神戸大学 室崎益輝さん
雲仙の福崎博孝さん
松下英爾さん
※ 上記参考資料を参照下さい

●質疑応答
神着にすんでた津村さんより。
生活再建法の申請用紙はとてもみにくい。 これでは、お年寄りはしり込みする。
 被災者再建支援法が昨日決まった・・・が、その内容を見ると、島の私たちの状況を設定する欄がある(半壊・全壊・消失etc)、あと収入を知らせよ、と言う。自分たちは今、無収入であり、前年度を見ても今のデータとして書きようがない。ぜひ考慮して欲しい。
再建支援法で、被害をどうやってしらべるのか。
(全て前年度のデータを元にするところが杓子定規である・・・若竹)

三宅島噴火災害報告集会 公式掲示板からCauli氏の質問を紹介
青山さんに質問。
被災中小企業向け公的融資(無利子・低利子等)の制度があると聞いていますが、都からはどのように聞いていますか。また、現在の中小企業対策について不満があればお聞かせください。

青山さん回答
東京都からは1000万円を上限に7年間の返済で借り入れが可能、保証人が1人必要。自分たちは三宅島で商売をやっていて、今借りるということは、島に帰ったあと、借りがふくらんで返すことになる。これを借りることで返って今後自分の首を絞めるのが怖い。15〜20年くらいで低金利
の借金ができた方がありがたい。

西野さんより質問
早川データのパーセントについて、もう少し詳しい説明が欲しい。

早川さん回答

 1年くらいで荷物を取りに帰るのは難しくはないだろう。実際に都の職員が島に出入りしているのだから。そんな感じで島に行けるのは近未来可能だと思う。
 島に泊まるのは次の過程である。島民の方が帰島して球根を植えたりするのはその先、そして子供たちを小学校に通わせるのは更に次の段階になる、と考える。
 あくまでも参考意見である。

西野さんより質問

 26日早川予想は・・・壊滅的破壊がないまま終わるのかそうでないのか、どっちだ?

早川さん回答

 壊滅的破壊がないとしての見積もりのつもり。10%くらいの確率で壊滅的破壊があると考えられる・・・そうすると10年は帰れないかもしれない。そういう予想である。

 これから50年くらいずっと噴火するかな?・・・8月予想
 20年おき噴火はもう来ない、今度は形の違う噴火がくる。
例:桜島は1945年から毎週噴火している、その5Km先に鹿児島市という50万人都市がある。


社協三谷さんより

自分たちも被災者でサービスができなくなった。
 自分は三宅島社協の職員だが、8月18日以降、ホームヘルパーなどのサービスが在宅サービスが供
給できないので、その旨を都に伝えた。都はサービスが提供できないなら避難させよう、と、公式避難
の前に門戸開放してもらった。全島避難のときはすでに病人の方は避難済みだった。避難勧告前に「サービスやらないよ」の言葉で先に避難できた。
でも、ばらばらになってしまった。
申請書はかけないひとがおおいとおもう。
島なら近いから周りの人がやってあげたりした。
 勝手に避難措置をやってもらっただけに、ばらばらになってしまった。9月1日の時点で介護
する人たちは先に島から外に出ていた。18区93人、15市に39人?、新島に1人、他県に15人、計148人・・・ばらばらになって、介護相談がどんどん入っていて、葛飾区からあきる野市まで移動している。
(この話は後ででるのでここでストップ・・・若竹)