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13:33
三宅島がかすんできました。
船上ではデッキで話を弾ませている人、疲れて船室で寝ている人など様々です。港から船内の様子を書きつづりました。
11:00
ちょうど錆ヶ浜の桟橋で伊豆の岩田さんに会いました。両手に一杯の荷物でした。
飯沼さんにも会いました。ビデオカメラを構え、いろいろ撮影をされていました。
11:30
一時帰宅で両手一杯の荷物を持った島民の方々を乗せ、かめりあ丸は錆ヶ浜を出港しました。
出港のとき、桟橋には保安要員が並んで島民を見送りました。
デッキには島民がぎっしりと並び、見送りの保安要員や三宅島に向かって手を振っていました。
12:00頃
伊豆の池田さんに再び会いました。撮影を頼まれていたカメラを渡し、離れていく雄山を見ながら話をしました。
「ほら、まだガスが出てる。それでも伊豆とかはまだ良いほうだ。向こう側はもっとひどいはずだ。」
雄山からは青白い火山ガスが流れているのがはっきり分かりました。
13:00頃
岩田さんにもお話を伺う事ができました。
家の状況について伺うと、家はカビの臭いが気になる位だったとのことでした。
とくにねずみなどの被害には遭っていないようでした。
御近所の方もカビっぽいということは言っていたそうです。
もともと結露などをしやすいところだったとのことですが、衣類や押し入れは部屋に入った時のかび臭さの割りにそんなにひどい状態ではなかったそうです。
また今回、1年ぶりに家に帰ったとき、不思議な感覚があったんだそうです。
「頭では1年間避難してきたと分かっているし、実際に避難生活を送ってきたはずなのに、家についてみると、ちょっと東京に遊びに行って帰ってきたみたいだった。ほんの1週間くらいの。まわりの人もそう言ってた。不思議ね。」
1年間、家をあけると決めてあけたわけではないから、家に戻るといつもの生活の状態のままで、そういうように映ったのかもしれません。
水道も電気も使えず、最初はあちこち見て、ちょっと掃除をしていたらすぐに時間が近づいて慌てて荷物を詰めこんだ、そんな状態だったそうです。
冷静に実際帰ることを考えると、あの家に眠ることはできないだろうと思うけど、外観や、ちょっと見では、帰ることは可能では、と思ったそうです。そんな気持ちからか、
「これで何で住めないんだろう、って思っちゃう。」
こういう言葉が聞かれました。
今回、貴重な一時帰宅の時間に、お話を聞かせていただいたりお邪魔させていただき、ありがとうございました。
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