| 地震当日の深夜に現地入りした私は、直後の鷹取商店街を歩いており、その後も、何度かあのまちを歩いていた。神戸勤務時代には、古市さんからじっくりインタビューする機会もあった。私自身が、映画では表現されていないことも知っていたからこそ、この映画に感動できるのではと、現地を知らない試写を見た知人に心配になって確認したほどだった。なかなか伝えられない復興まちづくりの合意形成の困難さも、まちなかに区画整理反対の看板が立っている風景を映し出し、古市さんを「行政の手先」などと批判させる場面も作りながら、最終的には成功物語としてではあるが、実際には様々にドロドロの困難があった一端を伝えることができている。 |
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| 成功物語ではなく、一人のおっちゃんを等身大に |
| 災害や戦争によって人間が極限的な状況に追い込まれ、そこから力強く立ち上がるというストーリーは、映画に限らず、文学などさまざまな表現で伝えられてきた。NHKの朝の連続テレビ小説「わかば」が阪神大震災で父親を失った少女をヒロインにしたり、寅さんシリーズ最終作が震災直後の長田区を舞台にしたりしている。ここで描こうとしたのは、ヒロインの成長物語だったり、寅さんのいつもの失恋物語だったりで、舞台を阪神大震災に借りてはいるものの、これらの物語で防災意識が高まるとは思えない。今夏に公開されたリメーク版の日本沈没も、破局的な状況を描き出すために地球科学を用いているとも言える。それに対して「ありがとう」は、震災の場を使ったのではなく、震災そのものを描き出せている。 |
| 実は試写を見る前に、二つの懸念があった。震災をきっかけに60歳を前にしてプロゴルファーになった「古市忠夫」の過剰な成功物語になっては、ほかの被災者の気持ちが置いていかれるのではと心配したが、台本や赤井英和の演技もあって、被災地の多くの人たちと等身大である一人のおっちゃんの物語として描けていると感じた。 |
| 「ありがとう」という言葉も実は懸念していた。神戸市が震災5年から始めた「神戸からの感謝の手紙」運動の「神戸からありがとう」というキャッチフレーズに違和感を抱いていたからだ。この映画で、あらためて違和感の理由を考えることができた。支援への感謝の「ありがとう」では、生き残った人たちの声しか聞こえてこない。この映画では、地震による大勢の死から2時間で「ありがとう」まで行き着いた。プロテストに合格した場で、泣きながら語られた「ありがとう」という言葉には、「亡くなった人に生かされている」ということまで含め、痛みを伴った感謝の言葉のように感じた。これは、古市さんからじっくり話を聞いていたから、そう思うのかも知れないが。 |
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| 「ありがとう」から防災を学ぶ場作りも |
| 一員として参加している中央防災会議の減災のための専門調査会の議 論を受けてまとめられた「災害被害を軽減する国民運動の推進に関する基本方針」の中では、「災害をイメージする能力を高めるための質の高い防災教育コンテンツの充実」を求めている。「ありがとう」は、まさに質の高い防災教育コンテンツにうってつけの素材になる。直後の厳しい現実を伝えようにも、現実に亡くなった人が映っている映像は、人間の尊厳としても許されないことだが、映画の作り事なら堂々と見せることが出来るからだ。 |
| この映画を、防災意識の啓発に役立てたいという思いは、制作者サイドにもあるという。災害ボランティアなどとともに、劇場公開前から各地で試写会を行う計画が進んでおり、既に名古屋などで実施が決まっている。映画を見て学ぶだけでなく、災害が起こる前の減災の重要さや、復興まちづくりの困難さなどについて、この映画をみた後ならより納得感を持って理解することができるはずだ。 |
| 映画としても質の高い作品に仕上がっているだけに、この映画を材料に各地でシンポジウムや学習会などを開くことができるのではないかとも思う。詳しい調査研究を重ねて、科学的な事実を伝え、政策に反映させたりすることも大事だが、質の良い物語の形で伝えることにより、多くの人に共感を持って気付いてもらうことができる。減災のための国民運動の展開にも、いい映画が作られた。そのことにも「ありがとう」と言いたい。 |
| (中川和之 時事通信社 防災リスクマネジメントWeb編集長) |
◆参照サイト
「ありがとう」公式サイト(予告編1分半はダウンロード可能)
http://www.arigato-movie.jp/
制作会社「ランブルフィッシュ」予告編特別版(7分)
http://www.rfish.co.jp/released/arigatou_special/index.html
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