噴火から10年-有珠山ネット座談会@Ustream。こんな感じでした。 10.04.09 16:02
先日@Ustの座談会をやったのでその概要とツボを拾い上げてみる。録画もしていたので、編集してカット版を見てもらいたいと思うのだけれど、Ustの使い方になれていないせいや、出演者のオヤジどもが結構言いたい放題だったので聞き方によっては不快な単語を連呼していたり…。まあ諸事情あってうまく出せない。(笑)さて言い訳はこのくらいにして、この座談会の話の中身を報告。まずは出演者の紹介。
[出演者]
冨田さん(ジャーナリスト/有珠山ネット代表)
中川さん(時事通信社「防災リスクマネジメントWeb」編集長)
浅川さん(http://www.rescuenow.net/2000/05/1-26.html 参照)
岩佐さん(フリーの編集者)
横濱さん(現在東京在住。当時札幌から支援に入る)
市川(レスキューナウ:http://www.rescuenow.net/2000/05/2-35.html 参照)
岡坂(レスキューナウ @kenn_okasaka)
[スカイプで出演]
佐藤さん(回線の専門家、現在カンボジアで活動中)
後藤さん(室蘭市在住)
自己紹介を一通り終えたあと、予想通り彼らはノスタルジーに浸りながら、当時を振り返る話をした。
参考:「有珠山ネット」http://www.usuzan.net/
参考:「有珠山噴火から10年、次の噴火まで10年?(Yahoo!災害情報)」
http://rescue.yahoo.co.jp/column/point/20100407.html
当時、冨田さんは地元のバラ農園を営んでいた。有珠山噴火でバラの納品が遅れそうなのを農園のホームページで告知していた。その「納期が遅れる理由」の中に、当時としては貴重な地元の被災状況や市民の様子が入り交じっていた。それが、後にはじまった「有珠山ネット」の起源らしい。しかし自前の個人農園のウェブページが発信していた情報は当時大変貴重だったようで、国内中のアクセスが殺到した。そして一旦サーバがダウンする。
そこにサーバの専門家浅川さんと、回線の専門家「おまーり」こと佐藤さんが現れ、「www.usuzan.net」として現地情報発信の場を作り出す。メーリングリストもつくり、リアルタイムの情報がやりとりされた。この時のMLの流量は2~3分に1回という膨大なやりとりで、いまで言うtwitterのタイムラインのような流れかただった。
そのうち、現地では避難所にいる避難者のためにネット回線につながっているパソコンの設置がされた。ただパソコンをおいても誰も使わないので、設置から、使い方の説明、トラブル時のサポートなどが「パソコンお助け隊」というボランティアの活動に支えられ、そのお助け隊が冨田さんの元に出入りするようになった。
この頃入ってきたのが中川さんと市川さん。冨田さんはボーイスカウトのつながりもあったので、中川さんが現地に登場したときはボーイスカウトの制服姿だったらしい(笑)。市川さんは後に危機管理情報の会社(=レスキューナウ)を経営する人だが、このときは毎日「イチカワぁ!**しろぉ!」と冨田さんから檄が飛んでいたらしい。
座談会中、このあたりを懐かしむ話が一通り続き、後藤さん(室蘭市在住)や佐藤さん(今、カンボジアで小学生にPCを教えている)、当時お助け隊の一員の永田さん(藤沢市在住)のスカイプ参加を迎え、話は一段と盛り上がる。
そんな中、ふと中川さんがネット上にのっている写真を指さして訥々(とつとつ)と語りだした。「最初、現地の状況を知りたくていろいろ見ていたら、有珠山ネットでこの写真に目が止まったんだ。こんなスゴい写真を撮る冨田という男はただ者ではない_と思った。こんな発信力のある人間が現地にいるんだ、と。」そう思った中川さんはボーイスカウトの格好をして現地に向かったらしい(笑)
そのきっかけになった写真がこれ。(クリックすると拡大画像と当時つけられたキャプションが見れます。http://www.usuzan.net/3-29.htm 内)
話はそのあとの活動である三宅島や、FMレイクトピアに。北海道内浦湾周辺は噴火湾だからこれからも災害に備えて情報発信手段は必要…。など深い会話となった。座談会中、キーワードになったものに2つある。1つは「(客寄せ)パンダ」2つ目は「冨田の目線」。要は元従軍カメラマンの経験をもつ冨田さんが現地に被災者としていたこと、そしてその冨田さん自身が自ら情報発信役を買ってでたこと、田舎でそういう発信役を担うにはひとかたならぬ覚悟が必要だったこと(スタンドプレーと言われ非難されそれが実生活にも影響するから)。そしてその冨田さんがカメラや言葉として切り取る現地のシーン。そういったものがあの「有珠山ネット」を成立させたのではないかという話になった。
その脇でスカイプ越しにカンボジアにいる佐藤さんが言う。「みんな被災者のために何ができるかと思ってやってたから続いたんだと思う」。そう、あのネットワークはそういう想いのある「役者」がそろったからできたことなんだ、と改めて認識した。
ところで、当日の座談会のビデオの編集に手つかずでいるのにはもう一つ理由がある。濃いオヤジどもにビールを飲ませながら話をさせてしまい、ユルい感じでいろいろ聞けてよかったものの、後半は特にユルすぎて聞き取り不能になった(笑)。次回Ustするときは気をつけたい。次回は座談会中にあがった個々の話をクローズアップしたい(つづく)
wrote by kenn_okasaka
[写真]
1枚目:座談会風景。全員が画面右側をのぞいているのはスカイプ参加のゲストの顔を見ていたから。
2枚目:有珠山ネット初期の頃に掲載された冨田さん撮影の写真。
















