映画『ありがとう』 06.09.21 16:29
「阪神大震災の復興の過程が娯楽大作に」阪神大震災での被災をきっかけに、60歳直前でプロテストに合格してプロゴルファーになった古市忠夫さんの実話を元にした映画「ありがとう」が公開されるのを前に、試写会に行って来た。神戸市長田区の鷹取商店街での復興まちづくりの立役者でもあった、古市さんの講演を聞かれた人も少なくないだろう。映画は、地震の悲惨な現実と、消防団員活動やまちづくりの場に全力で立ち向かい、地域の復興と共に自分の復興を果たす過程を、娯楽映画の良さを失うことなくバランスよく描き出していた。「見る人に感動と勇気を与える作品」という言葉を、文句なく使える映画に。「亡くなった大勢の人のためにも安全なまちを作るんや」という彼の言葉は、被災後の鷹取だけに課せられた課題ではない。多くの人がこの映画をみて、感動を分かち合うだけでなく、同じ悲劇をくり返さなくても済むように、将来の被災地の課題に立ち向かって欲しい。
●まちづくりの合意の困難さも描く
映画では、富士山のふもとに震災前の商店街をほとんどそのまま再現したセットを作り、クレーンで壊して燃やし、地震の被災を表現している。古市さん役を演じた赤井英和は、地震の揺れには耐えたカメラ店から家族を公園に逃がし、消防団員として自宅の延焼を横目に救助に駆け回る。延焼火災のため、目の前にいながら救えなかった人がいた残酷な場面も、当日の実写映像も交えながら再現し、現場で撮影し得なかった「1月17日」を表現している。
合同慰霊祭から生活再建、ボランティアの支援、復興まちづくりと話が進んでいく。連日のようにまちづくりの専門家も交えて勉強を重ねている様子や、復興区画整理事業を推進する立場に立った彼が行政の手先と批判される場面も描かれている。家族のきずなの再確認、仮設住宅への引っ越しと自宅再建、プロゴルファーになる決意、何度かのプロテストと奇跡的な合格と、映画のエピソードは事欠かないが、テンポよく場面が展開していく。
地震当日の深夜に現地入りした私は、直後の鷹取商店街を歩いており、その後も、何度かあのまちを歩いていた。神戸勤務時代には、古市さんからじっくりインタビューする機会もあった。私自身が、映画では表現されていないことも知っていたからこそ、この映画に感動できるのではと、現地を知らない試写を見た知人に心配になって確認したほどだった。なかなか伝えられない復興まちづくりの合意形成の困難さも、まちなかに区画整理反対の看板が立っている風景を映し出し、古市さんを「行政の手先」などと批判させる場面も作りながら、最終的には成功物語としてではあるが、実際には様々にドロドロの困難があった一端を伝えることができている。
●成功物語ではなく、一人のおっちゃんを等身大に
災害や戦争によって人間が極限的な状況に追い込まれ、そこから力強く立ち上がるというストーリーは、映画に限らず、文学などさまざまな表現で伝えられてきた。NHKの朝の連続テレビ小説『わかば』が阪神大震災で父親を失った少女をヒロインにしたり、寅さんシリーズ最終作が震災直後の長田区を舞台にしたりしている。ここで描こうとしたのは、ヒロインの成長物語だったり、寅さんのいつもの失恋物語だったりで、舞台を阪神大震災に借りてはいるものの、これらの物語で防災意識が高まるとは思えない。今夏に公開されたリメーク版の日本沈没も、破局的な状況を描き出すために地球科学を用いているとも言える。それに対して『ありがとう』は、震災の場を使ったのではなく、震災そのものを描き出せている。
実は試写を見る前に、二つの懸念があった。震災をきっかけに60歳を前にしてプロゴルファーになった「古市忠夫」の過剰な成功物語になっては、ほかの被災者の気持ちが置いていかれるのではと心配したが、台本や赤井英和の演技もあって、被災地の多くの人たちと等身大である一人のおっちゃんの物語として描けていると感じた。
「ありがとう」という言葉も実は懸念していた。神戸市が震災5年から始めた「神戸からの感謝の手紙」運動の「神戸からありがとう」というキャッチフレーズに違和感を抱いていたからだ。この映画で、あらためて違和感の理由を考えることができた。支援への感謝の「ありがとう」では、生き残った人たちの声しか聞こえてこない。この映画では、地震による大勢の死から2時間で「ありがとう」まで行き着いた。プロテストに合格した場で、泣きながら語られた「ありがとう」という言葉には、「亡くなった人に生かされている」ということまで含め、痛みを伴った感謝の言葉のように感じた。これは、古市さんからじっくり話を聞いていたから、そう思うのかも知れないが。
●映画『ありがとう』から防災を学ぶ場作りも
一員として参加している中央防災会議の減災のための専門調査会の議 論を受けてまとめられた「災害被害を軽減する国民運動の推進に関する基本方針」の中では、「災害をイメージする能力を高めるための質の高い防災教育コンテンツの充実」を求めている。映画『ありがとう』は、まさに質の高い防災教育コンテンツにうってつけの素材になる。直後の厳しい現実を伝えようにも、現実に亡くなった人が映っている映像は、人間の尊厳としても許されないことだが、映画の作り事なら堂々と見せることが出来るからだ。
この映画を、防災意識の啓発に役立てたいという思いは、制作者サイドにもあるという。災害ボランティアなどとともに、劇場公開前から各地で試写会を行う計画が進んでおり、既に名古屋などで実施が決まっている。映画を見て学ぶだけでなく、災害が起こる前の減災の重要さや、復興まちづくりの困難さなどについて、この映画をみた後ならより納得感を持って理解することができるはずだ。
映画としても質の高い作品に仕上がっているだけに、この映画を材料に各地でシンポジウムや学習会などを開くことができるのではないかとも思う。詳しい調査研究を重ねて、科学的な事実を伝え、政策に反映させたりすることも大事だが、質の良い物語の形で伝えることにより、多くの人に共感を持って気付いてもらうことができる。減災のための国民運動の展開にも、いい映画が作られた。そのことにも「ありがとう」と言いたい。
(中川和之 時事通信社 防災リスクマネジメントWeb編集長)
映画『ありがとう』2006年11月25日公開
制作会社「ランブルフィッシュ」












