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科学に溺れず自分の目を使った観察

03.12.01  この記事をGoogle Bookmarksに登録する この記事をYahoo!ブックマークに登録する この記事を含むlivedoorクリップ この記事をイザ!ブックマークに登録する この記事をニフティクリップに登録する この記事をdel.icio.usに登録する この記事を含むはてなブックマーク


アメリカのロードアイランド大学でウイルスについて研究をされている竹田さんによる、日々の危機管理についてのコラムです。

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「何が目の前で起こりうるのか、肉眼での見極めが大切」

 人間の知識は、まだ到達点にはいたらないにも関わらず、「科学的」という判断能力に振り回されて大きなミスを犯してしまうことがあります。

 例えば、今回のロケット打ち上げ失敗にしても、最高な叡智を決算して挑んだ上での失敗には、科学的合理性の落とし穴があったのかもしれないことを示唆してみようかと思います。

 僕たち科学者が常に驚かされる、ノーベル賞などに代表される独創的な研究の多くは、常識の間に忘れられた驚異への扉を見つけることから始まっています。現在の常識や科学の知識では当たり前として、初学者である学生でさえも疑問を差し込まない場所に意外な発見はあります。それらはしばしば、何らかの失敗がきっかけになって始まることはよく知られているわけで、失敗は発明の父でもあるゆえんです。

 科学とは裏を返せば、知ったかぶりをしている人間社会の思い込みの世界なのかもしれません。その中で、「科学的エビデンス」と称して、盲目的な判断を下す場合には常識では考えられない事故を引き起こすことがあります。ちなみに、事故の多くは、常識では考えられない場合に起こるトラブルを指しております。

 科学研究データ結果のみを鵜呑みにせずに、必ず肉眼で何が目の前で起こりうるかを見極めることは大切です。わずかな炎の揺らぎなどは計測器で測り取れませんが、おそらく肉眼では気がついていく現象です。計器のモニターだけを見つめずに、実際の目でじっくりと処置に対し何が起こるかを見ておくことで、気がつかなかった何かを見つけることが初めてできるわけです。

 計測器や数値は、第三者へ情報を伝えるためのチャートに過ぎず、そのチャート以上に、自分の中で何が起こりうるのかを現象の観察によって実際に起こっているものを理解できるわけです。

 ロケットで、もし何らかのトラブルがあったとすれば、一人の人間の目がきちんと行き届いていないことに原因があると考えます。あくまでも、科学とは計器計測することだけではなく、経験によるセンスが必要なのです。まずは、愛でる様に肉眼で見つめることをお勧めします。

2003.12.1

竹田 努(東京大学医科学研究所免疫調節分野 研究員)

※この記事は、2000~2004年頃の「rescuenow.net」に掲載されたものを再掲載したものであり、筆者の所属や登場する団体名等は、このコラムの執筆当時のものです。

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