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大学は責任を背負う勇気をもつべきだ

03.04.19  この記事をGoogle Bookmarksに登録する この記事をYahoo!ブックマークに登録する この記事を含むlivedoorクリップ この記事をイザ!ブックマークに登録する この記事をニフティクリップに登録する この記事をdel.icio.usに登録する この記事を含むはてなブックマーク


アメリカのロードアイランド大学でウイルスについて研究をされている竹田さんによる、日々の危機管理についてのコラムです。

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「背広のポケットにウイルスを忍ばせて...!?」

 SARSウイルスなんかが入ってきたり、狂牛病も歩き回ったりで大騒ぎですが、日本の専門家のコメントというのは常に歯切れが悪いのに気がつきます。

 「~の可能性は否定できない」という言葉を使ってお茶を濁しているのをよく聞きます。可能性が10%以下ならば「ほとんど無い」という言葉を使うべきで、30%以下ならば「恐れがある」、50%ならば「五分五分」、70%以下ならば「頻発する」、80%以下ならば「危険」、それ以上は「きわめて危険」と言葉に基準を持つべきです。SARSの空気感染の可能性は、状況を見れば「ほとんど起こらない」というべきであり、万が一起こることを恐れて、「可能性は否定できない」という曖昧な言葉を使って真理を見失わせるのは良くないことです。

 多くの新興感染症が入り込んでくるのは先進国たる宿命であり、エボラだって必ずいつかは研究対象物というカテゴリーも含めれば、日本に持ち込まれるはずです。正確に言えば、大学の冷凍庫を開ければ、どこかの研究室の冷凍庫にはエボラウイルスが保存されていることだって考えられます。日本の大学の先生方は、時々背広の内ポケットにウイルスを忍ばせて国内に持ち込んだり持ち出したりしていますし、「菓子」と称して海外からサンプルを通常の特急郵便で送ったりしています。そういうことを暴露すると、この世界で生きられなくなるかもしれないという不安を感じることもあるのですが、この際知っていただくためにも書いておきます。自分も梱包を手伝わされたことがありますので、嘘ではありません。

 大学の先生というのは、こういうことを自分の責任でやるから大丈夫だと信じて、未だにやっています。この妙な信念が怖いのです。彼らが心配しているのは、サンプルが長いフライトでだめになってしまわないかとか、そんなことでして、もしそのサンプルが紛失したり、事故で公衆に撒かれてしまったりすることを想像してはいません。
 また厚生労働省も農林水産省も、このような感染症サンプルの国際郵送に関する取り決めをきちんとしているわけではなく、特に国外に郵送するものに関しては日本側に責任がないと考えています。
 それだけでなく、大学の冷凍庫は危険なサンプルを管理しているにも関らず、充分な監視下には置かれておらず、なんどきでも盗難されても不思議ではありません。真夜中の大学では、学生だけが研究室に入り浸り、雇用された大学職員がほとんどいないのが日本中の状況です。どうやって学生が大学に入り込めるのか?合鍵があり、そして開きっ放しの裏口があります。
 日本の大学は、その自治を理由にして公安関係者をキャンパス内に入れることを極めて嫌がりますが、学内の治安維持能力は50年代から大して成長していません。国際的信用を高めるためにもこのような無秩序な状況を直さなくてはいけません。大学の先生方は未だに多くは所属大学のOBで構成されておりますので、このあたりは自力で変革する能力は充分には持ちえていません。何十年と続いている研究室の慣わしや歴史がこのような「余計な提案」を無視しても「今まで何も起こっていないから」という甘い考えに落ち着かせています。そもそも国立大学は特に、国の所有物であり、OBによって私物化状態となっている大学は税金を納める国民を欺いているとも言えるでしょう。

 新興感染症が頻発する昨今ですが、大学の先生方がもっと自信を持ってコメントを述べられ、国民および専門家のリーダーとして前線で指揮を執ってくれるように願わずにはおれません。人前で歯切れよく話すのが怖いと感じる先生は、最高学府の教育者としての職務の意味を省みるべきです。

2003.4.19

竹田 努(Rhode Island 媒介性疾病センター アルボウイルス研究主任)

※この記事は、2000~2004年頃の「rescuenow.net」に掲載されたものを再掲載したものであり、筆者の所属や登場する団体名等は、このコラムの執筆当時のものです。

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