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「NPO法人東京いのちのポータルサイト」発足総会懇親会より愛を込めて
半年振りの与太噺となってしまいました。
この与太噺、もともとは、JICA(ジャイカ、Japan International Cooperation Agency、国際協力事業団)の仕事で私がネパール国カトマンズに滞在中に書き綴っていた滞在日誌を、今度は日本国内で、週イチペースくらいで出せれば、ひょっとしたら誰かのお役にたてるかも、という思いでスタートしたものでした。でも、所詮は原稿締め切りの守れないわが身、週1回=年50回余はおろか、年の前半は月2ペースで何とかこなせたものの、年の後半は・・・・・・、とんとご無沙汰でした。
とはいえ、このままで終わっては、ちょっと格好がつきませんからね。という訳で、今年最後の与太噺は、アルコールの力も借りて、居酒屋からの実況中継(?)です。
ご存知の方もおられると思いますが、この夏から「東京いのちのポータルサイト」という活動がスタートしました。一言ではとても説明できない、でも、とても刺激的な集まりです。いわば、「地侍と旅の坊主」が一緒になって、本気で防災で遊ぼう、本気で防災で世直しをしよう、そんなことを考えている人々の集まりとでも言えばよいでしょうか。中核に早稲田の商店街を面白くしている皆さんがいて、レスキューナウ・ドット・ネットの市川社長や小島さんもいて、というような面白い方々が集っています。
また、国や東京都、東京都下や周辺の自治体関係者といった公務員がいる一方で、地元に根ざした活動をしてきた商店街の人や商工会の人、まち起こしやまちづくりをやっている人がいる。NPOやボランティアの関係者がおり、さらにメディアや大学関係者がいる。この人の輪の広さ厚さがすばらしいと思います。そういう人々が、ある時は仕掛けにまわり、ある時は専門性を活かして表芸をし、でも、いずれもが「裃を脱いで」熱く防災を語っています。それは、フツーのことのようでフツーのことではない、そう思っています。
クリスマスの今日、NPO法人としての発足総会が行われました。発足総会後の懇親会会場で、参加された皆さんの語らいを耳にしつつ原稿を書いている訳ですが、いたるところで刺激的な仲間が刺激的な会話を交わしているのがわかります。生まれたばかりのNPOですが、きっと、面白く発展していくことでしょう。理事に就任してもらえないか、との話もあり、不肖小村もその末席に連なることになりました。少しは真面目に(でも基本は与太噺で?)、活動していくつもりです。
今年1年、話を防災に限っても、いろいろなことがありました。その中で特に感じることは、ここ数年来暖めてきたこと、細々とやってきたことが、一気に展開してきたということです。「東京いのちのポータルサイト」に集った多くの方々も、ここ数年来、防災の世界で、さまざまな活動を繰り広げてきた方々ばかりだと思います。そしてその活動が、あの震災から7年が過ぎて、そろそろ次の段階に移りつつあるのだな。そんなことを感じます。
そういえば、ウィスキーも店に出回るのは7年物からでしたよね。12年物、17年物、さらに21年物もの、30年物。どんどん味が丸く甘くなっていきます。生まれたばかりの「東京いのちのポータルサイト」も、30年も経ったら、良い味を出すだろうなぁ。そんなことを考えながら、今年の活動も終わろうとしています。
皆さんにとって、来る年がよい年、そして災いの少ない年でありますように。
※この記事は、2000~2004年頃の「rescuenow.net」に掲載されたものを再掲載したものであり、筆者の所属や登場する団体名等は、このコラムの執筆当時のものです。
小村 隆史(こむらたかし) 富士常葉大学環境防災学部防災社会科学分野 准教授
1963年千葉市生まれ。国際基督教大学教養学部卒。同大学院行政学研究科修士課程修了。防衛庁(当時)防衛研究所助手・主任研究官を経て、日本初かつ唯一の防災学部である富士常葉(とこは)大学環境防災学部の開学メンバー。教育・研究に加え、地域・社会・国際貢献を含めた3本柱が防災研究者とあるべき姿と思い定め、地域防災、国際防災協力、災害医療など、防災・危機管理に広く携わる。「トラメガ持ってボラセンを仕切った経験を持ち」「トヨタ自動車の防災・危機管理アドバイザー格」「内閣府・内閣官房などの委員も務める」が、論文は書かない(正しくは「書けない」)という、明らかに「規格外」の大学教員。災害図上訓練DIG(Disaster Imagination Game、ディグ)の考案者としても知られている。












