ペットと災害 01.10.02 13:42
「同じ過ち、同じ悲しみを繰り返してはいけないのが、災害から得る教訓」
1986年の伊豆大島三原山の噴火では、全住民が命からがら緊急避難し、約1ヶ月にわたりペットたちは島に取り残されました。 行政がヘリからフードをまくなどしましたが、多くのペットが飢えて死にました。
1990~95年の雲仙普賢岳噴火では火砕流・土石流により多くのペットが死亡しました。また、飼い主さんが避難する際にやむをえず放した犬が野良犬になって放浪するなど、長期間におよぶ問題を生みました。
1995年の阪神淡路大震災では建物の倒壊により死亡・負傷したペットが数多くいました。また、飼い主さんが亡くなったり、飼育することが困難になったペットたちは、長い時間をかけてすべてが新しい里親さんに託されました。
2000年の有珠山噴火では、避難が長引いた地区の住宅内に取り残されたペットの多くが飢えと乾きで死亡しました。室内多頭飼いをしていた家では、先に死んだ仲間を食べて命をつなぎ、やがてその悲しい食料も尽きて全頭死亡という悲惨な例があります。
反面、取り残された家の中で仔犬を出産し、母犬は骨と皮だけの体になりながらも仔犬に乳を与え、餓死寸前のところへやっと帰宅を許された飼い主さんが戻ったという例もあります。
有珠山噴火により被災した住民は噴火から1年経った2001年4月現在でも、まだ約1500人が仮設住宅で暮らしています。
飼い主さんの住宅事情・経済事情により飼い続けることができなくなったペットが数多くあり、それらはすべて新しい里親さんの手にわたりました。
2000年の三宅島噴火では島に取り残された猫の死亡例があります。
死亡した猫は飢えた仲間に共食いをされているのが確認されています。これは全住民が島から避難してから7ヶ月経ったあとも続いている状況です。
飼い主さんとともに無事に都内に避難したペットでさえ、高齢や慢性疾患をもっていたものは環境変化によるストレスのため死期を早めています。ペット禁止の都営住宅などで避難生活を送っている飼い主さんとは離れ離れの暮らしが続いており、里親さんに託されるもの、シェルターや動物病院に預けられるなど、ペットたちは不自由で先の見えない生活を余儀なくされています。
2000年9月11~12日にかけて愛知・三重・岐阜などの東海地方を中心に集中豪雨が発生しました.のちに東海水害と呼ばれるようになったこの災害では、名古屋市西区の新川などで十数ヶ所の堤防が切れ、広い範囲で床下・床上浸水が発生し、浸水家屋は愛知県だけで約78000棟にもなりました。
浸水被害のひどかったところでは、つながれたまま置いていかれた外飼いの犬が死亡しています。正確な死亡数は不明ですが死因は溺死です。いちばんかわいそうな死に方です。
避難所に避難していた飼い主さんは、水が引いた帰宅後、あわれな犬の亡骸を発見しました。こんなことになるとは思わなかったと言い、飼い主さんは泣いたそうです。そして、まだ水道が復旧していないなか、給水車から配分された貴重な水を使って、泥だらけの犬の亡骸をきれいにしてあげたそうです。
[体験談・参考資料などの情報をお寄せください]
こんなことになるとは思わなかった・・・災害でペットを失った飼い主さんの多くはそう言います。ひとたび災害が起こればペットにもさまざまな被害が降りかかるということを、過去の災害から学ぶ必要がありますが、ペットの被災についての実情はほとんど知られていないのが現状です。
そこで、「いつ」「どこで」「どんなことがあったのか」「そして、どうなったのか」などのペットと災害に関する情報をぜひメールにてお知らせください。
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※この記事は、2000~2004年頃の「rescuenow.net」に掲載されたものを再掲載したものであり、筆者の所属や登場する団体名等は、このコラムの執筆当時のものです。












