米国における災害時医療体制の事例 01.01.20 11:39
「NYでのテロにおける医療体制の実例」
「身近な危機管理-道端からの提案-」を書いて頂いているロードアイランド大の竹田先生が、公衆衛生ネットワークメーリングリストで、2001年9月18日から数週間にわたって起きた、NYでの炭疽菌テロにおける医療体制の事例を紹介しています。
(以下は、これに少しの編集を加えたものです)
Q.炭疽菌は、人から人へ感染することはないということですから、衣服や皮膚に付着したものを除去すれば、帰宅してもらって差し支えないものでしょうか。だとすれば、現場に、「移動シャワールーム」が急行して、シャワーを浴びせて、こちらで提供した衣服に着替えた人は帰宅して良いことになりますか。
A:いえ、専門医の設備のある場所に移動しなければなりません。
テロで使われる感染症は毒性が強いので、患者の状況は深刻になります。体育館などでは設備が整わないので、極力病院に運ぶ必要が出ています。
ほかの患者を移動してでも、専門の設備のある病院を確保することが病院側の準備する視点の一つだと思っています。体育館では感染の重い人も軽い人もミックスになってしまうので、軽い症状の人まで重くなってしまうことになりかねません。診療に当たる人間も危険です。設備を整えようと器具を搬入したりする間にも感染が広がってしまいますので、まず、病院を確保することです。そこを救急センターに変えます。
これに関しても、今アメリカでやられている状況を把握して考えるべきでしょう。シャワーを浴びてもそれが完全に除去できた証拠にはなりませんし、症状が出てから治療では手遅れになる場合があります。したがって、必ず病院に入って検査を受けなければなりません。
テロに関しては国家的危機として認識するべきであり、優先事項となりますし、警備体制は高いレベルになります。従って、体育館などの収容はすべて否です。なぜならば、体育館では警備を厳しくすることに限界があります。国立病院、日赤、大学病院が主体となって対策の連携を持つべきでしょう。ビンセント病院とニューヨーク医療センターの関係は、丁度そのような形でした。大学病院は、より専門性が高い医療行為を受けることができますし、キャンパス内に入院できる場所を確保できますから、重傷者のために開き、国立病院はERとしての働きをするという形が望ましいと思います。
その他の市内の病院などは、これら病院内にいる患者の受け入れ先になるようにスペースを確保し、集まってくるであろう周辺地域の医療関係者は、ヘルプとして即動けるように国立病院が人員配置のステーションになればよいと思います。
NYCのテロ直後の動きを紹介します
1. セントビンセント病院は、救急に強い病院であり、また現場に近い病院であったので、救急センターとしての運営に切り替えた。このセンターを中心にして医療関係者は情報の収集を行った。
2. セントビンセント病院は、現場に近いことから、救急患者をまずすべて受け入れ、その後重傷者は他の病院に搬送する受け入れ口となった。
3. セントビンセント病院は、現場に近いことから、軽症のけが人の手当てなどを行った。また患者の名簿を作成した。
4. セントビンセント病院には、現場に近いことから、多くの関係者が押しかけた。そこで関係者への情報案内をする役割を果たした。(主には親族の方々への対応)会場は隣接する教会を利用した。
5. ニューヨーク医療センターは、重症患者の中でも特に火傷の患者に医療行為を行った。犯人が含まれるおそれ、二次災害の恐れから、警察は、入り口やロビーなどに常駐し、すべての侵入者の荷物検査を行い、目的をインタビューした。
6. ニューヨーク医療センターは重症患者のほかに、犠牲者の収容も行った。名簿は、自由に閲覧できるようにはなっていない。
7. ニューヨーク市は、事件直後数分で対策本部を作り、連絡先を示した電話帳を各関係部署に複数配った。その後、更にコピーし一般の訪問者にも配り、必要に応じて連絡するようにという指導を行った。
8. ニューヨーク市およびビンセント病院では、外国人のために、スペイン語などが話せるボランティアを配置した。
9. アメリカ赤十字は、血液などのドナーを募集した。
10. アメリカ合衆国は、情報をコントロールし、一方でスポークスマンを通じて情報をリリースした。
【関連リンク】
身近な危機管理-道端からの提案‐「炭疽菌の犠牲者」
※この記事は、2000~2004年頃の「rescuenow.net」に掲載されたものを再掲載したものであり、筆者の所属や登場する団体名等は、このコラムの執筆当時のものです。












