- ホーム
- ブログ
- 有珠山ネットの威力!
- おまけ 第1期終了(2)
おまけ 第1期終了(2)
8月11日
本番前日、冨田はすでに中心メンバーの役割を果たす気力体力が尽きていた。ゴトーを始めとする若手が大いに成長し、すでに冨田を必要としなくなっていた。
いいものを見せてもらった。
若い衆が日々成長するさまを見せてもらった。いつのまにかゴトーは、たくましく成長した。工藤も、横濱も、金子も、松本も。有珠山ネットは、学校かもしれない。

冨田は己の限界を厳しく悟っている。この4ヶ月の間、かなり無理をした。家族にも計り知れぬ犠牲を強いた。特に女房には、言葉にあらわすことのできない苦痛を与えつづけた。
そもそも冨田は、これほど優れた人間の集団を一つにまとめる力などありはしなかったのである。曲がりなりにもその真似事ができたのは、有珠山噴火という緊急事態のなせる技であった。
冨田抜きで、準備は着々と進み、ブーちゃんも火にかかるとき、冨田は先に家に戻った。若い衆の成長を楽しむ余裕すらうせていた。以前であればこれは間違いなく、真ん中にでんと座ってすべてを取り仕切らせてもらったはずである。威張り散らしていたはずである。怒鳴りまくっていたはずである。
それを期待する向きもあることはあるのだろうけれども、残念ながらそれに答える気力がなくなった。
8月12日 当日
10時に会場入り。すでにほぼ準備は終了しており、冨田は何もすることがない。村さん到着。少し遅れて男・浅川が到着。後は佐藤氏が来ると33年組みがそろうのだけれど、佐藤氏は忙しいらしい。33年ぐみの顔を見て、冨田は心底安堵したことをここで告白しなくてはならない。なんと頼もしい相棒であることか。こいつらがなんといおうと、俺に親友であると、冨田は勝手にそう思っている。どれほど助けられたか筆舌には尽くしがたい。何かを提案して、こいつらの賛同を得られたときには、100万の味方を得た気分になったものだ。
たくましく成長した若い衆軍団が、取り仕切る中で、祭りが始まった。
三々五々集まる近隣の子どもたち。スタッフがはりついている露店はにぎわい始める。歓声があがる。冨田はビールを飲むくらいしかすることがない。

男・浅川は画像を処理し、村さんはヨーヨーつりのテキヤと化している。
忙しいのに1号も流しそうめんの修正に余念がない。道具一式を持参して。
全国各地から集まった連中がそれぞれの持ち場にちらばって、しかし、全体としてはまとまってひとつの祭りを作り上げている。
こいつらは間違いなくバカである。
せっかくの盆の休みを使って、それぞれの予定もあるだろうに、手弁当で。月浦の子どもの笑顔を見るためだけに、1年のうちで最も高い時期の運賃を支払って集まったのである。感謝しても感謝しきれない。
思えば4ヶ月ちょっと前までは、まったくの他人であった。有珠山が噴火しなければ、言葉を交わすことさえなかったであろう奴らの姿を見て、冨田はこみ上げる涙を押さえることはできなかった。なくしたものも多かったが、頂戴したものの方がはるかに多かった4ヶ月であった。
金額のことは書きたくないが、20数万円の花火はやはり1時間持たなかった。全国から40万円をはるかに超えるカンパが寄せられた。要するに、俺たちが飲み食いして花火をやるためにお金を下さいと頼んだのだ。20万円くらいは読めた。しかし40万円を超えることになるとはゆめにも思わなかった。まさにこの意味でも「うすゆめ」であった。
ファイヤーストームが始まり、スタッフの結婚披露宴というアトラクションが始まり、冨田は涙が止まらなかった。
20年後また有珠山が噴火するだろう。そのときには33年組は60を超えている。ゴトーでさえ40を超えている。
有珠山ネットがなしえたことがなんなのか、冨田には今一つ理解できない。一生懸命は知ったけれども、何もできなかったようにも思うし、とてつもないことをしでかしちゃったような気もする。
無事に8月12日を終えて思うことは、明日から元に戻るんだなあという感慨と、この4ヶ月の女房への償いが始まるんだなあという覚悟めいたものだけである。
最後に有珠山ネットとそれを支えてくださったすべての諸君に、心から御礼を申し上げる。
20年後にまた有珠山であいましょう。
みなさん、本当にありがとう。
**********************************
2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














