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おまけ 第1期終了(1)
最終回を書いた後、なんとはなく手持ち無沙汰になった。時期も半端だったし、気持ちも半端だった。
月浦の親が立ち上がったぞ、と、予告だけをしながら、その結果については何も触れないというのは、これは読み物としてはまことに趣もあって、われながら上手に終わったなと思ったんだけれども、冨田は立派な物書きではないので、余計なことをして台無しにしてしまうのでありました。
今回は有珠山ネットのおまけということで、まあなくてもいいといえばいいのです。
8月12日を待たずして、冨田の中では何かが終わった。
月浦の親たちにかこつけて、自分で整理しようと、あるいは、踏ん切りをつけようとしていた。何に対して踏ん切りをつけるのか、いま少しはっきりはしていないけれど。
噴火が過去のものになったのか?
復興に地元が歩き始めたからか?
利害の対立する、さまざまな事柄に嫌気がさしたのか?
もう災害に飽きたのか?
どれでもないが、そのすべてでもあるように思う。
被災の中心が虻田に移ってからは、冨田は被災者ではなくなった。部外者となった。これまでは当事者として発言できたのだが、今後はそうではない。部外者として何がいえるのか、どこまでいえるのかを自問する日が続いた。
当然迫力に欠ける。
「間仕切りがまだつかない」
しかし、それを拒んだものは虻田町民であったことも事実だ。
「町がその機能を充分に発揮していない」
しかし、それを許しているのは虻田町民なのである。
それを根本的に是正するのは、部外者ではなく当事者の虻田町民である。それしかありえない。
これに気がついてから、冨田のスタンスは大きく変化したといわざるをえない。声高く批判などするのはお門違いである。知っていることの100分の1も書くことができなくもなった。
災害はこれから始まる。
地元ではあくまでも復旧に重点を置き、前回と同様税金の無駄遣いの方向に流れるだろう。20年後また噴火する。このままの復旧が進むと、そのときには、今回と同じような避難劇が繰り広げられるはずだ。噴火する場所が違うだけで、本質は何も変化がない。
愚かでさえある。
しかしそれを許すのは、洞爺湖周辺にすむ住民なのである。これは残酷だけれども事実である。変化を望まない、長いものにまかれているほうが安心だとばかりに、物を言うことをしない。影では愚痴を言う。
しかし影はあくまでも影に過ぎず、行政を変えるわけもない。
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2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














