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避難解除と報道(2)
たとえば朝日新聞。
オウム裁判の傍聴記録は毎回詳しく紙面に載っている。やればできるのである。
あれだけ大量の人員を配置して取材したのである。レクチャーの要約ができないはずがない。大量のグラフなどの添付資料が毎日出されているのだ。それを一度も見たことのない被災者がほとんどである。
冨田は、毎日発表されるこれらの資料のhtml化を何度実施しようと思ったことか。そのたびに、スタッフの決定的な不足に歯がゆい思いをした。
記者レクチャーの生の資料を避難所に提供するだけで、被災者は日々の噴火を理解しうる。いつも聞かされてきた、記者会見の結論だけのニュースは、被災者の心を静めるにはあまりにも無力であった。
岡田先生と宇井先生はまず、壮瞥町で住民説明会を開催された。ビデオを見せ、写真を見せて、グラフをわかりやすい言葉に置き換えて、参加した住民一人一人が納得できるような説明会であった。
ともすれば行政は、住民に正しい情報を出すことを恐れる。それによってパニックになりはしまいか、復興に向けた動きの障害になりはしまいか、人口の流出につながりはしまいか。
それは少し、思い違いのようだ。
住民はそれぞれちゃんと生活をしてきた大人である。己のおかれた状況を客観的に知る権利と、生活を支えてゆく義務を持っている。己の置かれた状況を、つらく苦しいことだが、客観的に把握するところから、復興への強い意識が芽生える。
己の住まいが、ひょっとしたら元通りで、帰って暮らすことができるかもしれないと思いながら、暮らしているのだ。その思いがある限り、復興に意識が向こうはずもない。
軽軽しい気休めは2ヶ月も経過した住民の心を慰めはしない。
「安心して暮らせる状況ではありえません」
「爆発の風圧が連続していて、とても普通の神経では住むことはできません」
「地盤がいたるところでずたずたになっています。地上で見える状況から想像すると、おそらくは、水道や下水などは地下で深刻な状態になっていることが予想されます」
泉地区、洞爺湖温泉地区のC1(カテゴリー1)の人々は、すでに覚悟などできている。しかし、たった一度でいい。仮に30分でもいい。自分の家に戻りたいのである。たくさんの思い出を捨てるのである。そこに、自分と自分の家族が生きた証がたくさん詰まった家があるのだ。それをとりに戻りたいというのは、これは当然の欲求だ。
研究者が入るなと言っているのではない。研究者は、入るのは危険であると言っている。そのあとは政治の責任である。
噴火にかかわるすべての関係者は、これは間違いなく、1秒でも早く住民をそれぞれの家に帰したいと、心からそう思って日夜活動している。1秒でも早く帰す可能性を真剣に探っている。
しかし、それでもなお、住民の安全に確信が持てないから、一時帰宅さえ認められないでいるのだ。
それにしても2ヶ月は長い。
「冷蔵庫を開けるのがおっかない」
自分の家を地図上で確認して帰れることがわかって、ほっととしたおばさんがつぶやいた。
5月31日現在、3319人が自宅に帰れないで避難所にいる。
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2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














