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勘違い(1)
まあ世の中にはおかしなことを言う人がいるなあとつくづくそう思うのです。
避難所では有珠山ネットなんかぜんぜん見られていない。だからそんなもの必要ない。あんたらが勝手にやってるだけじゃないか。
などという人が、ごくごくまれにいることはいる。ごくごくまれにいるから、これまでにもちょこちょこ書いた。けれども、今回まとめてきっちりと反論したいなあ。それと、情報支援(情報ぼらんてあなどとは絶対に言わない)についても考えてみたいなあと思う。まあ、思うだけになるかもしれないけれども、あまり期待しないようにね。
そもそも情報支援とはなんぞやということになる。
有珠山ネットは何度も書いてきたように、最初は、冨田個人のものであった。で、個人のものだったのは、本当に噴火直後くらいまでで、その後は、なんだかあっという間にでかくなってしまって、もうすでに個人のものじゃないのかなあと自覚をはじめたのは、4月5日くらいからであった。5日に突然そう気がついたということではなくて、ありゃあ、こりゃあ雲行きがおかしいぞと思い始めたのがこのころだということだ。
噴火直後や、噴火活動が活発で、大量の被災者が避難所暮らしをしているころには、各避難所でのhpを見ている人はこれは事実多かった。そのころは、マスコミはまことにウスラボケタた取材しかしていなかったので、生活ネタでは有珠山ネットの独壇場であった。このころはマスコミと張り合う気力も、必要性も確かにあった。
当然避難所でも見られる。そもそも、パソコンを使える、あるいは使いうる年齢の人が避難所にたくさんいたんだ。それ以上に、有珠山ネットを見る必要性があった。
ところが現在はというと、有珠山の状況は比較的安定しており、目新しいニュースもない。帰れる人は帰り、帰れない人も、踏ん切りをつけて仮設に移っている。で、避難所に残っている人の多くは、お年寄り中心の年齢構成になってきたのは事実だ。当然パソコンなど使えるはずはない。また、それを期待してもいけない。
そもそも、避難所には常に新しい情報が行政から提供されるようになったのだ。噴火直後4月の15日くらいまでは、これは何の情報もなかった。この危機的な時期はもう終わったのである。
このように、避難所ではパソコンを積極的に見るという必然性が少なくなってきている。当然これに対応する必要がある。これからが情報支援の本領が発揮されると考えている。全国に張り巡らされたネットワークを駆使して、今住民にもっとも必要なものは何か、住民が求めているものは何か、地域社会が必要としているものは何かと知らせることができる。被災地と被災地以外をつなぐ役割に変化してきていることを自覚している。
このときの視点は、何度も繰り返し書いてきたが、被災者の視点である。
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2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














