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淵瀬という男(2)
「冨田だ。淵瀬いるか?」
するとスタッフが、うれしそうに
「淵瀬さんは、今日一時帰宅で夕方まで戻りません」
「ほんとか? よかったなあ。何時に帰る? そうか1時からか。よかった」
やつは噴火後2ヶ月間自分の店に帰ることができなかった。もちろん自宅にも戻れない。
「あんた、人を癒すのもいいけれど」
って、女房にこぼされたと、やつは笑っていた。
「俺も同じようなもんだ」
と、冨田も笑った。女房のさびしそうな顔が一瞬浮かんだ。すまんなあ。俺も淵瀬も同じようなもんだ。家族からの評価は低い。
すぐにやつの携帯に電話した。
「帰れるってか」
「おー、誰に聞いた?」
「スタジオのねーちゃんだ。何時間だ」
「1時間って言ってた」
やつは久しぶりにうれしそうだった。顔が浮かぶ。
午後3時過ぎ、淵瀬から電話が入る。
「今どこにいる」
やつがくどいくらいに、携帯を買えとせっつくので、冨田はやむを得ず携帯を買った。
「家だ」
「すぐ行く」
程なくやつがきた。やつの知り合いのホテルから借りたワゴンでやってきた。
「よかったなあ。ほっとしたろ」
「まあな」
「おまえ素直じゃねえな。もっと喜べ」
「まあな。でも、被害が何もなかった。元のまんまだった」
「そうか」
「だけどな・・・・」
と、淵瀬は口を開いた。
知り合いのホテルの屋上に上がって周りを見回したら、すでにそこで商売をしようなどという気は失せたという。そこに住もうなどとは到底思えなかったという。
けれども前回の噴火のときも、そこからみんな這い上がったんだ。絶望の先には、必ず光が差したんだ。そう思ったが、いえなかった。
いくつか差し迫った問題について打ち合わせをして、じゃあなと帰る淵瀬を送って車の荷台を覗き込んで、冨田は思わず目頭が熱くなった。
「おまえ、PAとパソコンじゃねえかよ。他にもってくるものあっただろ」
「とりあえずこれだけあれば、レイクトピアが楽になるからな」
やつの車の荷台には、マイクスタンドやら、マルチケーブルやらパソコンやら、とにかくやつの本業の道具ではなくて、放送機材が積み込まれていた。
わずかな帰宅時間である。消防にせかされながらの積み込みである。もっと本当は持ってきたいものがあったはずだ。冨田も、避難するときに持っていったものは、パソコンとデジカメであった。女房はあきれ果てていたっけ。淵瀬はやはり冨田と同じ種類の人間であった。
「おまえ本当にバカだなあ」
「おまえに言われたくない」
私はインターネット。
淵瀬はFM。
媒体は違っても、それを始めるやつは、同じようなものなんだなあ。で、やっぱり女房には頭が上がらないんだなあ。それで、貧乏なところまでおんなじだ。貧乏で仕事を精一杯やらなければいけないのに、人のことが気になって気になって・・・。
そういうちゃんとした社会人とはいえないようなおやじが、やってる仕事であります。
世の女房諸君。
どう考えてもちゃんとしていないおやじを温かく見守ってください。おやじはおやじなりに、家族のことを一番大切に思っているから、だからこそ、他人が気になるのです。他人と自分の区別ができないのです。
私たちは、必ずあなたたちの誇りうる人間になりたいと、心からそう願っているのです。だから、稼ぎもないのにビールを毎日飲んでも許してね。
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2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














