- ホーム
- ブログ
- 有珠山ネットの威力!
- 血の通った情報とは(2)
血の通った情報とは(2)
●非常識極まりない小生意気な記者
名前を書いてやりたいぐらいだけれども、日本最大手の通信社の札幌支社の若い兄ちゃん記者が、豊浦町にある虻田町の教育委員会でやったこと。
我々噴火湾パソコンお助け隊とボランティアセンターのものが、ある会社から贈呈してもらって、配布依頼を受けた1.5トンもの書籍、教材、おもちゃなどを教育委員会に運び込んでいたときのこと。突然玄関に入りこんできたこの兄ちゃん記者、
「教育長にお目にかかりたいのですが」 とやった。
町役場の職員が、
「今外出していて、何時に戻るかわかりません」 と答えた。
このとき、職員と我々スタッフで、重たい図書(子供向けの図鑑)の山を、車から運び出しているところであった。まあ、普通、このようなときは、取り込み中であることくらい即座に判断がつくはずだが、このウスラバカ兄ちゃん記者、
「困るんですよね。ちょっと聞きたいことがあって。小学校の内部のことなんですがネエ」 などともったいぶったことを言うから、冨田が切れた。
「こら兄ちゃん。お前何様のつもりだ。今取り込んでるだろが。しかも、勝手に庁舎の中に入ってくれるなと、職員が言ってるし、今教育長はいないんだよ。帰れ!!」
するとこの兄ちゃん記者、
「あなたは誰ですか」 と聞くから、冨田はどちらかというと、けんかは好きなほうで、マスコミの権力と言うのが最も嫌いなたちでもあるので、
「このガキ!! 人に名前を聞くときには、自分から名乗るのが礼儀だ。名刺を出せ」。
すると兄ちゃん記者しぶしぶ名刺を出した。当然冨田も名刺を出した。
「とにかく帰れ。もうお前はここにくるな」 と怒鳴りつけてやった。
この兄ちゃん記者は、その後取材で冨田のところに来たときに、びっくりしていた。で、けんもほろろに追い返されたのはいうまでもありませんね。
●質問の出ない記者会見
忘れもしない4月12日の噴火予知連統一見解発表の日夜9時からのレクチャー。冨田が家に帰れるかどうかの決まる瞬間である。耳を皿のようにして傍聴席で聞いていた。
噴火予知連会長は、
「現状態では、頂上部分に活動はほとんど見られない。著しい火山活動は有珠山北西部か西部地域に限定されている。現段階で、山頂部分の噴火については考慮する必要はないと考える」
さらに岡田教授は、
「以上のことを行政の方々に説明し、有珠山周辺住民の方々の生活の利便に配慮されるようにと、進言いたしました」 とまで、言及した。
で、何かご質問は、との問いに、あったのはたった一つだけ。
「ということは、頂上部の噴火はないということですね」。
こういう質問を愚問と言う。こんな質問しかしないから、学者も行政側も記者なんか心のそこからバカにするのだ。こんな下らない、かつ程度の低い言葉尻しか捕らえられないから物事の本質を見落としてしまうのである。
記者たるもの、記者会見では、我々民衆の変わりに質問を発するのが本来である。だからこそ、敢えて記者会見が行われるのである。まあ、記者会見でしか、物事を調べられないと言うやつが多いけれど。
このような愚問しか発することができないのであれば、そんなやつは今すぐに記者を辞めるべきだ。
しからば、どんな記事がいいのか
どんな報道が望まれるのか。
血の通った情報とは何か。
正しい報道とは何か。
答えはもう見えてる。被災者にとって必要な情報が災害報道の本質である。
こんな例がある。噴火口のアップなんぞ見たくもないし、見る必要もない。噴火口の対岸から写した映像は見飽きている。風光明媚な場所で写した観光写真である。
被災者が一番見たかったもの、知りたかったことは、自分の家が、自分の暮らしていた町並みが、勤め先が、今どうなっているのかということである。その次に、いつ家に帰れるのか、いつになったら以前の仕事に戻れるのかということである。この点についての情報は、今にいたって十分とはいえない 。
もちろん、今回は自衛隊の非常に大きな努力と決断によって、住民の家の空撮が連日撮影され、避難所で公開されている。これは今後の災害発生時には必ず引き継がれるであろうことは疑う必要もない。
家のことを知ることはできた。さあ、次はいつ帰れるのかということである。これに関して、報道機関の報道は木で鼻をくくったようなものでしかない。しかも各社横並び。どんな風に横並びかと言うと、毎日1時間も1時間半もの長時間行われている、学者によるレクチャーや、記者会見の、内容を詳しく伝える努力など微塵もする気などない。そんじゃ、何を書くのかというと、発表資料の結論3行程度の丸写し。テレビだったら、そのこところを読み上げる学者の顔のいいとこ5秒。その結論に至った理由を懇切丁寧に、解説しているにもかかわらずである。すべての学者や行政の職員や国の役人は、1秒でも早く住民を元のところに返したいと、真剣にそう思っている。
けれども、どう考えても、どう検討を重ねても、生命の危険を回避できる状況にないとの結論を日々積み重ねているのである。自信と確信を持って、さあ帰っていいよ、と言いたいのである。
住民の生活と生命の狭間にたって、それこそ苦渋に満ちた選択、結論に到達せざるを得ないのである。この結論部分だけしか報道されないので、住民のいらいらは募るにいいだけ募るのだ。被災者は子供ではない。れっきとした大人で、社会生活を営んでいる判断力、理性を持ち合わせた人間である。
彼らは納得したいのだ。知る権利などと言う薄っぺらな言葉ではなくて、これからの己の生活を立てて行く種に、しっかりと現状を認識しなくては、次に進みようもないのは当然のことである。
この要求を満たす報道はこれまで、ただの一つもなかった。
しかも、被災者が一番求めている情報というのは、実は、被災者以外の人々も切実に求めているのである。
なぜならば、明日はわが身なのだから。
2000年5月4日
![]() ![]() |
写真:上/5月1日 洞爺湖温泉町北西方向から見た現在の状況
写真:下/4月18日 洞爺湖温泉町
いずれも陸上自衛隊 北部方面隊 撮影
copyright(c) 2000 Japan Ground Self Defence Force Northern Army. All rights reserverd.
**************************
2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット 」の立ち上げに深く関わり、自ら「隊長」として代表を務める冨田きよむ氏によるコラムです。
※この記事は、2000~2004年頃の「rescuenow.net」に掲載されたものを再掲載したものであり、筆者の所属や登場する団体名等は、このコラムの執筆当時のものです。
















