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だからやるんです!(1)
好きだから、やりたいから、やらずにいられないから、だからやるのです
「冨田さんだけが我慢してるわけじゃない」
そう言い放った男がいる。
やつは真剣で、必死で、迫力に満ちたいい目をしていた。
「こいつなら信頼できる」
そう思った。
「俺が我慢すれば、状況は改善されるという保証はあるのか 」
と、さらに問うと、
「その保証はない。あれば頼まない」
と、その男は重ねていった。
やはりこいつは信用できる。
はからずも、大所帯となった有珠山ネットは、すでに冨田個人のものではない。有珠山ネットにかかわるすべての人の活動の場となり、また心の支えともなった。自己実現の場であるとメールをよこしたメンバーもいる。
一人でいるなら、我慢する必要などありはしないが、今ここで、冨田が我を通せば、有珠山ネットの今後の活動がやりにくくなって、メンバーの努力が無駄になりかねないと判断した。
冨田の頭など、どれほど下げたところで、いかほどのことがあろうか。くだらないメンツにこだわって、得がたい友人を失うことは愚かでさえある。
とんちんかんなことを書くやつもいるし、そいつをまぜっかえすやつもいる。冨田など時には本気で怒鳴りつけることさえある。ただし、怒り狂ったときほど、かなり冷静にメールを書こうとは努力だけはする。的確な言葉を選び、誤解を与える隙のないように。
インターネットの世界では、ちょっとした言葉の行き違いが、致命的な結果を生むことが往々にしてあると聞く。面と向かっているならば、何でもないことが、文字だけとなると複雑な人間関係を生む。
さらに通信環境の違いも明暗を分ける。冨田は専用線を使っているからいいんだけれども、ダイヤルアップで、有珠山ネットの活動に参加している諸君には本当に頭が下がる。
仙台の村さんはこう書いた。
「ここでは(有珠山ネット)、どれほど身を粉にして働いても一人前ではない。発言に対してこれほど厳しく責任を問われるところはほかにはない」
鹿部町にすむ廣池さんは、
「ネットで生きて行くためにはまたとないチャンスであると同時に、試練でもある。技術や生き方そのものが厳しく問われる」
と、書いた。
有珠山ネットはかなり厳しい。
その意味では、いわゆるボランティアではなく仕事である。
かかわっているメンバーのほとんどが、仕事として位置付けているように思う。いわゆる生活するための職業という意味ではない、己の仕事としてである。噴火後の冨田を支えたのは、これらメンバーの仕事である。被災者でもない奴らが、これほど夢中になって、しかも、噴火直後といささかもテンションが変化していない。
配信されるmlのメールの量も、増えこそすれ、決して減ることはない。
1日に100くらいの量だと、今日は少ないなと感じる。これまでに1日でどのくらいの配信量が最高だったのかは知らないが、感じとしては300程度ではなかろうかと思う。
全体に流れるメールでも、かなりきわどいやり取りがある。議論がかみ合わないこともある。当然対立する議論も多い。
冨田の出番は対立して、深みにはまりそうになったときにこそある。議論が堂堂巡りをはじめそうになった瞬間に、
「おまーらうるせー。よそに行ってやれ!」
と、書く。
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2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














