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淵瀬という男(1)
「おまえけんかするなよ。仲良くやれよ」
やつの口癖である。
「過激になるなよ」
これも口癖である。
そうはいっても、やつだって心の中はかなり熱く燃えたぎっているのだ。冨田よりも少々気が長いだけのこと。持っている本質は同じだ。
こう書くとやつは、おまえと同じにするなと、きっと怒ると思うけれど、今回はその証明をじっくりとしてゆこうと思う。
やつとの出会いは3年程前になるように思う。はっきりとは覚えていない。やせて、目の鋭い、寡黙な男であった。首から携帯をぶら下げ、しかもひっきりなしに電話がかかる男である。
もともとは日高だか十勝だか生まれで、いわゆるよそ者。洞爺湖が気に入り住み着いた。地元での顔も極めて広く、やつを悪く言う人を冨田は知らない。
口が悪い、ずけずけものを言う、と評判の悪い冨田とはまったく正反対である。その穏やかな男が、案外そうでもないことが判明したのは、ミニFMを始めるという話を聞いたからだ。
冨田は本業が忙しくて、しかも洞爺湖周辺の狭い地域でしか聴くことができない小さな放送局だったから、番組を聞いたことはなかった。
噴火して真っ先に思い出したのはやつのことだった。
「淵瀬のところ大丈夫かなあ」
と、避難所で女房に話したのを覚えている。虻田には知り合いが多い。その淵瀬が、町営FMの副局長になるという話を聞いたのは、有珠山MLだった。すぐさま電話をかけた。
「おまえ生きてたのかよ」
「うん、まあな」
「店はどうなった?」
「入れるわけないだろ」
「何か持ち出せたのか?」
「逃げるので精一杯だった」
とにかく10日ほどでラジオ放送局を立ち上げるという、これほど人をバカにした話はないんだけれど、夜を昼についで、ものすごくたくさんの人に助けられて、ついにFMレイクトピアは誕生した。
冨田はここの外部支援のプロデューサーという肩書きなんだけれども、たいした事は何もしていない。有珠山ネットのメンバーがHP製作やロゴを作ったりしている。けれど、冨田はたまに顔を出したり、電話を入れて女の子に嫌われているくらいなものである。
急ごしらえの、もらい物ばかりの放送局ではあるが、伝えることは山ほどあって、けれども、それにふさわしいスタッフが決定的に不足している。
毎日昼12時から夕方7時までの7時間の生放送というのは、これはやってみるとわかるが、素人ができる範囲のものではありえない。
多くのプロのアナウンサーが、身銭を切って放送に協力してくださっている。決してひまなはずもなく、しかし、何かをせずにはいられないという多くの善意の元に集まるプロ。ありがたい。
それを心からありがたいと思っている淵瀬は、だから、己の本業に没頭できずにいる。もちろん仕事は腐るほどあって、ひっきりなしに電話がかかってくるのは、噴火前といささかも変わらない。むしろかなり増えた。
5月27日土曜日の朝、スタジオに電話を入れた。
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2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














