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久しぶりに(1)
久しぶりにまる1日うちにいた。
避難したのが3月の29日だから59日ぶりだ。
これまで自分が自分ではなかったし、仕事もほとんど手につかない状態であった。こうして1日うちにいられて、以前と同じような暮らしができることが、本当にありがたい。久しぶりでまとめて、バラの消毒をした。カイガラムシが発生したところがあり、とりあえず連休明けに処置をしてはいたけれど、今回の防除で完全に殺した。
冨田の住むところからは噴煙はまったく見えない。花の苗と紙にトマトの苗、大好物の枝豆などを女房と一緒に買いに出かけた帰り、
「おまえ虻田の噴火を見てないだろ。今から見に行こう」
女房はあまり乗り気ではなかったが、無理やり連れて行った。
「不安をあおることはないでしょ」不安をあおる気なんかないが、今回の噴火を女房は直接は見てはいないのだ。
31日には女房は小樽の実家にいた。噴火をテレビで見て不安で胸がつぶれそうだったという。テレビというやつは、不必要にいつまでも人の心を煽り立てるものだ。そのくせ、被災者が必要としている情報など決して流そうとはしない。ごく一部を除いてマスコミは、被災者の心を癒す働きは、今回もしていない。女房を不安にしようなどという考えではなくて、とにかくこの噴火を間近で自分の目で見てほしかった。そして、その噴火が、どれほど人の住んでいるところのすぐそばで起こったのかを知ってほしかった。冗談ではなく、本当に住宅地や畑の裏山が噴火したのだ。女房は言葉がなかった。
「加藤さんも、青山さんも、まだ帰れないの?」
知り合いは、まだ線路の北側に住んでいるので、自宅で眠ることはできないのだ。
いつ帰れるとも知れない。
ゆうべ、泉の獣医大西先生から電話を頂戴した。
「大西です。避難所にきていただいたそうで。ありがとうございました」
先日偶然大西先生の消息をテレビ(NHK)で知り、次の朝一番でたずねたところ、すでに大西先生は室蘭市の市営住宅に引っ越されたとのこと。虻田町の職員にメモを渡し、先生がきたら渡してほしいと言付けた。
うちには犬と猫がそれぞれ1匹ずついて、それぞれが大西先生のお世話になっている。犬の名はアルというが、やつは生後4ヶ月目にしてテーブルからたたき落ちて前足の骨を折った。早速大西先生の病院に連れてゆき治療をしていただいたのがご縁の始まりである。
猫はヒロコというが、毎年必ず2回ほど風邪を引く。そのたびに虻田の大西先生の病院に走って、治療していただいた。
「アル君とヒロコちゃんは元気ですか?」
「おかげさまで。避難するときに考えたのですが、やっぱりつれて出てよかったです」
ペットを残して家を離れざるを得なかった人の気持ちを思うと、胸がつぶれる。大西先生は、ご自身が被災されているにもかかわらず、避難所でご自分が診てきた動物のことが心配だったという。同時に私が、アルとヒロコをつれて避難したことをとても喜んでくだすった。アルは1週間ほど、舟岡町の動物救護センターでお世話になった。救護センターでは、なんだかすごくおいしいご飯だったとみえて、家にもどってからドッグフードを嫌がった。ありがたいことである。
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2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














