- ホーム
- ブログ
- 有珠山ネットの威力!
- 時間とパンダ(1)
時間とパンダ(1)
もう何年も経ったような気がする。噴火が昨日のことのようにも思える。
この1ヶ月半の間に、すっかり時間の感覚が狂ってしまった。狂ったというよりも、時間そのものが凍り付いてしまったようだ。時が流れないで、瞬間冷凍されている。
しかし、疲労感だけはものすごい。特にここ数日、体が限界を迎えているようだ。
弱音を吐いてる場合じゃないけれども、40を超えると、気力体力とも若い時分のようにはいかなくなってくる。
新聞や雑誌などの記事でカッコ良く紹介されることが多い。で、立派だとか、エライだとか思ってる人もいる。冗談じゃねえぞと、今回はそういうお話しをしようと思う。
何もしないほうが大変なんだ。
冨田はどちらかというと、落ち着きのないほうで、気が短いほうだという自覚がある。で、思いこんだら命がけで、結構執念深いとも思う。一度始めたことやいいだしたことで、たとえ間違ったかなと思っても、あきらめるのはシャクだから、やめないことが多い。
つまり、避難所で、女房子供と一緒になってひざを抱えてジーっと耐えていることなんかできるタイプの人間ではないのである。大部分の人がこうやって時間を過ごして、避難解除の報を待った。
あるいは、みんなと一緒に、たとえば農家だったら農協に出向いて一時帰宅が出きるようにと交渉したりした。そのおかげで、避難1週間くらいから昼間の一時帰宅が実現されたのは喜ばしいことだった。けれども、避難所にかえってからはやっぱりひざを抱えてジーっとしていた。
冨田にはこのような忍耐力も勇気もない。きちんと家族のそばにいて家族を守ってやるほどの根性も、残念ながらなかった。
家族のそばにいて、避難所でうずくまっているよりも、不安を押しのけるために懸命にhp(ホームページ)を作った。取材をした。少しでも被災者の声、つまり自分のいいたいことを伝えるために腐心した。そうせずにいられなかったというのが本音である。
何か夢中になってやっていないと、不安や焦燥感に押しつぶされそうになった。それを忘れるために、無我夢中で突っ走ったというのが本当のところである。非常に多くの人の助けを受けている。ちょっとやそっとで返せる恩ではない。
ようするに社会的意義やら、災害時の情報伝達やら、そういうカッコのいいことは、今になってくっつけた理屈に過ぎない。冨田を突き動かしたのは、これは間違いなく被災者の不安感であった。ようするに根性がなかったのである。
**********************************
2000年3月31日、有珠山が噴火しました。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














