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噴火の時(1)
イヤー、寝てしまいました。
噴火からこっち、まともに寝ていないもんで、原稿を書きながら寝てしまいました。
決して締め切りというものを破ったことがないのが自慢でありましたが、今回は9時間ほど遅れました。
と、いうような話しではなく、今回は噴火の瞬間の話しをしようと思う。
30日まではそれこそゆれにゆれた。机の上のデスクトップPC(おんなじ意味だと思う)がゆれるたんびに、転げ落ちそうになるので、グラット来るとモニターと本体を押さえる習慣が身についた。
そもそも集団生活と言うのが何より嫌いなたちで、避難所なんかには絶対に入りたくない。
いわゆる通称「マフィアの巣窟」と呼ばれる本部事務所に移るまで、避難所にいたのは1日だけ。しかも夜。
それ以外は赤塚氏の事務所に早朝から深夜まで詰めていた。女房と子供はすでに小樽の実家に帰していたので、身軽と言えば身軽。知り合い宅に夜だけ転がり込んだ。
このようにばたばたと暮らしている間も、つねにゆれつづけていたのだが、30日のお昼過ぎから、31日の午前中にかけては極めてゆれが少なかった。嵐の前の静けさ。
31日の朝、回線とデスクを借りている悪友サイエンス社社長赤塚氏と、29日以来同じ服装(赤塚氏も被災者)で語り合う。ちなみに風呂にも入っていない。
「なんだかかえって気持ち悪いよな」
「この前の噴火のときも、噴火の前は静かだった」
このときすでに避難3日目で、いつ噴火するんだよー、と言う気持ちになっていた。
「噴火するなら、早くしてほしいな」
「んだ」
「もっちゃらもっちゃらしてっと、肝焼けるしなあ」
ちなみに、「もっちゃらもっちゃら」というのは、「ちんたらしている」というほどの、また「肝焼ける」というのは「イライラする」というほどの日本語に相当する。
噴火の瞬間は静かであった。
サイエンス社の屋上にHBC(北海道放送)のライブカメラがあって、そのモニター画面を何とはなしに眺めていた赤塚氏が、
「噴火だ」
と叫ぶ。
13時10分。
「13時10分。ついに有珠山が噴火!!」
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2000年3月31日、有珠山が噴火した。有珠山噴火災害に関して、過去のどの災害とも大きく異なっている点がありました。それは、本格的な「インターネットによる全国的な情報ボランティアネットワーク」の誕生。「被災地からの、市民の、市民による、市民のための情報発信」というこれまでに無かった活動を、インターネットを通じて日本全国から集まった有志達が、陰ながら支えるという重要な役割を果たしています。そのため、今後の災害時の市民情報発信の在り方を考える上でも非常に重みのある活動となっているのです。これは、この「有珠山ネット














